強いチームには好捕手がいる。常に言われてきた言葉だ。
金本知憲監督(47)は就任と同時にいくつかのチーム再建ビジョンを語ったが、トラの正捕手不在を気に掛けていた。近年、阪神が解消できなかった“難題”でもある。3年目を迎える梅野隆太郎(24)、ドラフト2位・坂本誠志郎(22=明大)がその座を争うが、教育係を託されたのが、矢野燿大作戦兼バッテリーコーチである。
「当初、矢野コーチの肩書はバッテリーコーチのみで予定されていました。金本監督は矢野コーチを指して『野球観が同じ』と話しており、攻撃面でも相談に乗ってもらいたいからとフロントにお願いして、作戦兼任のコーチとなったんです」(球界関係者)
矢野コーチの捕手育成ビジョンが明らかになった。同コーチは「ペナントレースが始まってからが教育の本番」とし、「毎試合、帰りは午前サマになるだろう…」とこぼしていた。
梅野、坂本の両方が一軍で開幕を迎えた場合だが、『チャート表』を書かせるという。
そのチャート表とはどんなものか…。関係者によれば、スコアブックをもっと専門的にしたものだと話していた。相手チームの出場打者1打席が2コマに分かれていて、1コマはホームベース上のストライク&ボールゾーンを「縦横4×4=16マス」に分割されたもの。チャート表は『捕手目線』で作成されているので、右打者は向かって左側に描かれており、2コマ目は野球場を上空から記したもの。野球場区画線図である。
そのチャート表に、対戦チームのスタメン選手はもちろん、途中出場の選手を含めた全打席分を書く。もっと言うと、味方投手が試合開始の1球目からゲームセットまで投げた全球を書き込ませるものだそうだ。
直球、カーブ、スライダー、シュート、フォークボールなどの球種を、申し合わせた「○、△、▲、▽」などの記号で書き、打球の方向はヒット、凡打、ファールに関係なく、2マス目の野球場区画線図に書いていく。ゴロ、フライ、ライナーで「線の種類」も変わる。これを試合開始の1球目からゲームセットまで全て書かせ、矢野コーチとスコアラーで答え合わせをする。次に矢野コーチが、相手選手に安打された配球について、「なぜ打たれたのか、この打者の傾向は? 次はどうすればいいのか」を質問する。
配球に「絶対打たれない正解」はない。しかし、次は抑えられると確信が持てるまで徹底議論するつもりだという。
「矢野コーチは現役時代、それもプロ入りした中日在籍のころから続けてきたそうです。野村克也氏が阪神監督だった時代、さらにストライク&ボールゾーンを細かく分割した図がチームで使われましたが、配球に定評のある捕手は多かれ少なかれ、同じようなチャート表を書かされた経験があるはずです」(前出・関係者)
1試合で味方投手が投げた投球数が仮に130球だとしても、全て書き込めるのだろうか。矢野コーチは「やればできるようになる」と言っているそうだが、毎試合後に記憶力を試され、かつ配球の議論までやるのだから、2、3時間では終わらないだろう。ゲームセットが午後9時半として、そこからシャワーを浴び、着替えて1時間。11時前に『矢野教室』がスタートしたとすれば、矢野コーチが球場を出られるのは、明け方近くということになる。
「金本監督、矢野コーチは大学時代から親しくしていますが、2人で飲みに行ったのは数えるくらいしかありません。金本監督は試合後に素振りやティー打撃をし、矢野コーチはチャート表を書き、スコアラーと配球の相談をしたので、『時間』の約束ができないんです」(前出・同)
作戦コーチの肩書もあるため、矢野コーチは攻撃面の反省会にも加わらなければならない。本当に、体を壊してしまうのではないかと心配になってくる。梅野、坂本は矢野コーチの“献身的な指導”に応え、高いレベルでの正捕手争いをしなければ、それこそファンが許さないだろう。