『トリコ』の大きな特徴は、グルメとバトルの二本立てになっていることである。未知の食材を探求するトリコの前には凶暴な生物や敵対勢力が立ちふさがり、激しいバトルになることが多い。バトルは少年漫画の王道である。一方でバトル中心のストーリー展開はワンパターン化の弊害に陥りやすい。「こいつを倒したら、次はあれを倒す」の繰り返しになるためである。トリコではグルメという軸を別に設けることで、物語に深みを増している。
第12巻では大きなバトルはなく、準備や修行の期間という趣である。ジャンプでは「努力・友情・勝利」が三大要素とされるが、近年では「努力」が軽視される傾向がある。漫画は空想的な異世界を舞台とした作品であっても、現実世界を映し出す鏡である。格差が深刻化し、日本中が身を粉にして働いても貧困から抜け出せないワーキングプアだらけ…という過酷な現実の前では、最初は弱かった主人公が努力で修業して強くなる展開は心に響きにくい。
『トリコ』でも、主人公は物語の最初から美食屋四天王の一人として名前が知られた存在であった。それでも第12巻では、師匠の一龍・国際グルメ機構(IGO)会長にあしらわれ、修業を兼ねて冒険に出かける。過酷な環境で希少な食材を入手することが修業になるという自然な設定である。
『トリコ』は、想像力を駆使した世界環境や空想的な生物・食材も魅力である。第12巻では天空の野菜畑「ベジタブルスカイ」や、天然の塩味が効いているフライドポテトの湧き出る「ポテトの泉」などが登場する。これは空想的な環境や生物が登場する『ONE PIECE』に通じるものがある。また、読者から送られたアイデアを空想生物に採用する点は、往年の人気漫画『キン肉マン』の超人と同じである。
『トリコ』のグルメ料理は空想の産物で現実には当てはめられないが、食べることの楽しみを教えてくれる作品である。第12巻の前半で登場するセンチュリースープは、美味しい料理が人の心を幸せにすることを漫画ならではの描写で示した。また、後半では、肉よりも印象に残る野菜の美味しさを取り上げる。野菜嫌いの人でも野菜を食べたくなる教育的な内容にもなっている。
(林田力)