取材する側から言わせてもらうと、有名選手のコメントが欲しい。実績もあるベテランから「再起に懸ける思い」を聞かせてもらいたいのだが、リップサービスしてくれる選手ばかりではない。過去には、報道陣を避けてこっそりと別ルートから帰る選手もいた。そんなコメントを聞かせてほしいと思っていた選手の一人に、今年は久保裕也(36=元DeNA)がいた。巨人時代は主にリリーバーとして活躍し、球宴出場2回、通算100ホールド以上をマークした好投手である。その久保は2組目に登板した。しかし、出番を終えてから2時間近くが経過しても、報道陣の待つ通路には現れなかったのだ。
「ひょっとしたら、別ルートから…」
そんな声も出始めたころだった。久保がひょっこりと姿を表したのだ。
−−今日の登板を振り返って?
「(実戦式登板は)久しぶりなんで緊張して、思い切ってやろうと思ったのが良かった。今後に関しては、今はNPB一本で考えています。今後、第二の人生がどうなるのか分かりませんが、野球ができるところがあれば…」
−−しっかりとアピールもできたようだが?
「カウント1ボール1ストライクから始まるので、そんなに球種は投げられないし、チェンジアップとか真っ直ぐを。あと、フォークボールも使いました。1-1から始まるので、早いカウントでフォークを投げたり。バランス良く投げられたと思います」
トライアウトはカウント1ボール1ストライクから始まる。投手は打者3人としか対戦できない。限られたチャンスのなかで自己アピールをするには、久保の言う通り、持ち球を制限しなければならない。ベテランらしい自己アピールの戦略を聞かされたあと、2時間近くもこちらに来なかった理由を尋ねてみた。
「ああ。萬谷(康平=29/元DeNA)が残っていたから。萬谷もキャッチボールとかをやってもらったし。来年また一緒に、皆で野球ができたら…」
久保は受験するチームメイトの全員が投げ終わるまでベンチで待機し、他選手にも檄を飛ばし続けたという。
「萬谷もキャッチボールとかをやってもらったし。来年また一緒に、皆で野球ができたら…」
そんな久保の人柄をさらに印象づける出来事がもうひとつあった。実は、球場控室に巨人時代の同僚・長野久義も駆けつけ、見守っていたのである。
「(巨人時代の同僚から)激励のメールとかももらって。自分の出番の後、(巨人の)坂本(勇人)とラインして、『カトケン(加藤健=35/元巨人)に打たれちゃった』って教えたら、笑ってました」
同日夜、坂本やDeNAの同僚・筒香嘉智らは侍ジャパンのユニフォームを着て、国際試合を戦っていた。久保自身にも「このままでは終われない」の思いは強く持っていたはずだ。広島・黒田博樹、DeNA・三浦大輔、千葉ロッテ・サブローなど、自身の現役生活に納得してピリオドを打ったベテランもいる。一方で、トライアウトを受験せず、東北楽天からのオファーを得た細川亨(36)のようなベテランもいる。野球人生は人それぞれだが、プロ野球の世界では「強いチームになればなるほど、ベテランが必要」とも言われる。
修羅場を潜ってきたベテランだからこそ、若手に掛けてやれる言葉もある。若手に響く言葉も言えるのだ。生き残りを懸けたトライアウトの会場で後輩を思いやるベテラン。彼を必要とするチームは必ずあるはずだ。(スポーツライター・美山和也)