ホエールズ、ベイスターズの“27”と言えば、何といっても「カミソリシュート」で有名な平松政次が真っ先に思い浮かぶだろう。ジャイアンツキラーとして名を馳せた平松はホエールズ一筋で通算201勝を挙げ、名球会会員となったレジェンドである。
他にはロッテ・マリーンズから2000年にやってきた小宮山悟。一般入試で二浪の上、早稲田に入った理論派は、移籍2年目には開幕投手も任されるなどの活躍を見せたが、その年のオフにFAでメジャー移籍した。生え抜きではないが、後に“和製マダックス”と言われた投球術は、ベイスターズ投手陣に多大な影響を遺した。
最近では阪神タイガースからFAで2014年シーズンから移籍してきた“松坂世代最後の大物”久保康友。当時の中畑清監督から「DeNAベイスターズ初の2桁勝利ピッチャーになってくれ」との期待通り、初年度から12勝をマーク。ベイスターズ在籍は4年だったが、球界最速のクイックなど独自のピッチングスタイルで、野球ファンを魅了した。
その他、明治大学からドラフト1位入団の竹田光訓、剛球左腕田辺学、自由枠入団の左腕土居龍太郎など、期待のピッチャーが背負っていたが、突然ナイジャー・モーガンが付けた時はビックリと共に少々ガッカリしたものだ。一昨年もドラフト1位左腕の濱口遥大が“26”を付けた時はビックリしたファンが多かった。“26”番といえば、近藤和彦や田代富雄が背負い、その後佐伯貴弘が志願して付けた“スラッガー”のイメージの番号なのだから。思えば、“大エース”遠藤一彦の後に、“24”を西武から移籍の森山良二に渡したり、“大魔神”佐々木主浩がメジャー移籍の後、“22”をいきなり外国人ピッチャー、ラファエル・ベタンコートが付けるなど、どうもぞんざいに扱うイメージがある。
“継承と革新”をコンセプトにするDeNA。背番号に真新しいイメージを着けるのも、”革新”と捉えれば悪くは無いが、受け継がれてきた背番号の歴史の“継承”も大切にしてもらいたい。(文中敬称略)
取材・文 ・ 写真/ 萩原孝弘