肩口のしわを伸ばしてから、そう告げた。それから、手のひらで健太君のほっぺたを挟んだ。温かくて、柔らかい。子どもの肌は、すべすべだ。ほほをこすりつけて、感じてみたい。
「ねえ、健ちゃん、今夜、一人で寝るの、怖くない」
(怖いって、言って)
健太君が、はにかんだ。
「怖くない」
「ねえ、健ちゃん、お姉ちゃんといっしょに寝よっか」
健太君が首をかしげた。まだ、はにかんでいる。
「いいよ」
やっぱり、恥ずかしいみたい。
「そう、じゃあ、一人でちゃんと寝るのよ」
告げると、健太君は障子を開けて母屋へ走って行った。
健太君の姿が見えなくなって、代わりに、風が舞い込んできた。縁側の板の上を、何かがこすれて飛ばされている。草木も揺らいでいるみたい。
母屋の電気はまだつけてある。けど、家の中は、静まりかえっている。健太君がこのまま別の世界へ行ってしまうよう。
強い風が来た。枝葉がなびいている。涼しくて、気持ちいい。けど、山があおられている。家のガラスも振動している。天井にいる神様は、どうしたんだろう。もう、どこかに身を潜めてしまったのかも。
山奥から、魔物たちが目を覚ましそう。
空が真っ暗だ。星は一つもない。屋根の鬼瓦がどこかを見つめている。この暗闇の中、きっとどこかで、怪鳥が飛んでいる。今夜は、何か起こりそう。
これまでにも、暗い夜を過ごしたことはある。初潮を迎えた時もそうだ。
兆候はあったし、血が流れることは学校で習っていた。けど、下着が真っ黒になって、スカートにまで、にじんでしまった。お母さんは、おめでたいと喜んでくれた。おばあちゃんにも電話をしたみたい。でも、私は、泣いてしまった。お腹が締めつけられて、寝返りをうつたびに、体から何かが流れ出していく感じがした。学校は、三日も休んでしまった。
今では、それなりに慣れた。けど、生理が始まると三日は続く。それまでも長い。お風呂を汚してしまうのが心配で、湯船につかることもできない。何度も振り向いて、黒い染みが残っていないか、確認してしまう。
(つづく/文・竹内みちまろ/イラスト・ezu.&夜野青)