ある証券マンが夢を見た。誰かが強引にラジオを売りつけようと迫って来る。別の誰かはドアノブに毒を塗り、そこに触れるようけしかけて来る。異常なまでの執拗さに恐怖を覚え、もがき苦しみ全身冷や汗にまみれながらやっと目覚めた。悪夢から解放された後も、その内容が気になって仕方がなかった。何故なら、彼は、急上昇中のラジオ産業への大量投資を考えていたからだ。
そして1929年10月24日を迎える。この日、ニューヨーク証券取引所で株価が大暴落し、世界的規模で金融恐慌、経済後退が起きた。「暗黒の木曜日」である。紙屑と化した株券や債券に絶望した投資家は相次ぎ自殺、失業者は街中に溢れた。
しかし、彼はあの悪夢が不吉に思え投資を躊躇っていたため、世界大恐慌の災禍に巻き込まれずに済んだ。5年間で5倍に高騰したダウ平均株価に、知らず知らずのうちに、不安と危機感を読み取っていたのだろう。
いざという時、人の心の奥底では、もう1人の自分が優れた識域下記憶を発揮して、警告を発するのかもしれない。
七海かりん(山口敏太郎事務所)