バレッタを相手にIWGP USヘビー級王座の3度目の防衛に成功した初代王者ケニー・オメガが、珍しく流ちょうな日本語で、次期挑戦者を募るも、対戦相手は現れず、リングから降りようとしたその時だった。
場内が暗転し、会場が騒つく中、場内ビジョンにカウントダウンの数字が現れる。そして、0になるとそこには、つい最近まで世界最大のプロレス団体WWEのトップ選手として活躍していた世界的なスーパースター、Y2Jことクリス・ジェリコの姿が映し出された。ジェリコはニヤリと笑い、ケニーの写真を手に掲げると「ケニー・オメガ。オマエはダイナミックなレスラーだ。そして、すばらしいレスラーだ。だが、世界最高はオマエじゃない」と語り、その写真を引き裂く。そして「この俺だ。ショーン・マイケルズ、エッジ、CMパンク、アイツらは過去の人間になった。だが、俺はいまも現役だ。世界で1番のレスラーだからな。俺こそが史上最高のレスラーで、この業界の“アルファ”(頂点)だ。それを証明してみせよう。俺はオマエに挑戦する。ジェリコvsケニー、アルファvsオメガ。どっちがベストなのかを見せつけてやる。俺はオマエに会いたいぜ。1月4日、レッスルキングダム12 in 東京ドーム。どっちが最高のレスラーか確かめようぜ」と、1.4東京ドーム大会への参戦と、ケニーが防衛したIWGP USヘビー級王座への挑戦を表明したのだ。
これは、メジャーリーグで例えるとするなら、かつて日本で活躍した選手が、契約が絡まない期間を利用して日本の球団に移籍するようなものに近いかもしれない。数年前からジェリコとWWEはジェリコのミュージシャン活動との兼ね合いもあり、大会やシリーズ毎という、他のWWEスーパースターとは違って、契約が緩かったと言われている。
新日本とWWEは80年代に業務提携を結んでいたが、解消後は1990年に全日本プロレスが主導する形で開催された『日米レスリングサミット』にWWEと新日本が合同興行を開催した他、1993年から2年間は、WWF世界ヘビー級王座だったハルク・ホーガンが数マッチの契約をWWEを介さずに、新日本と直接交わすことで、古巣への参戦が実現し、IWGPヘビー級王者だったグレート・ムタとのドリームマッチや、ムタとのタッグでヘルレイザーズと対戦。武藤敬司とのシングルや、藤波辰爾との再会もあったが、ホーガンが希望していた師匠アントニオ猪木との対戦は実現しなかった。WWE離脱後は蝶野正洋とのシングルも実現している。
ジェリコの場合も、2015年に獣神サンダーライガーがWWEのブランドであるNXTに新日本の選手としてゲスト参戦しているが、新日本がWWEの配信サイト『WWEネットワーク』に対抗する形で、『新日本プロレスワールド』を開始したことで、WWEを離脱した選手や、アメリカやヨーロッパで知名度が高く、試合巧者な選手を積極的に起用するようになった。これがWWEに刺激を与えてしまったのか、翌2016年1月に中邑真輔、AJスタイルズら主力選手を新日本から事実上引き抜いたことにより、両団体間には緊張が走っていると言われている。ジェリコのTwitterアカウントやプロフィールを見るとWWEの文字はひと言も掲載されてないことからも、これは、旧知の仲でもある邪道、外道の個人ルートを中心に、WWEを介さず参戦が決まったと考えるのが妥当である。
ただ、興味深いのは、ジェリコが5月までWWE US王座を保持していたこと。そして、今夏のWWE日本公演では、イタミ・ヒデオ(元ノアのKENTA)相手に横綱相撲で圧勝していた。バックステージでケニーが「これは『レッスルキングダム』と『レッスルマニア』の闘いだ」とコメントしていたが、言い換えれば新日本プロレスとWWEの対抗戦としての意味合いも持っている。
ジェリコにとっては、1998年以来となる新日本マット参戦。ワンマッチになるのか、その続きがあるのかは知る由もないが、新日本は、来年3月15日にアメリカ・ロサンゼルス大会の開催を発表している。もし、この大会までジェリコが出場するようなことがあれば、WWEの視界に入るのは確実で、新日本のアメリカ進出計画において、ジェリコが果たす役割は大きいものになるだろう。ジェリコは日本マットで育ったという気持ちが強く、WWEの日本公演に自身がリストに入っていないと「行かなくていいの?」とアピールして来るほどの親日家。現在の新日本には邪道、外道、海野宏之レフェリーなどジェリコがライオン・ハートやライオン道のリングネームでWARマットで活躍していた頃の仲間もいるだけに、今回の参戦は恩返しの意味も込められているのかもしれない。
クリス・ジェリコとしての東京ドーム大会参戦は初めてになるので、WWE同様、カウントダウンから始まる入場に期待したい。そして、このレジェンドを挑戦者として迎えるケニーには、新日本代表として90年代のジャパニーズスタイルと現代のジャパニーズスタイルの違いをしっかりと見せつけてもらいたいと思う。
ジェリコの参戦、そして、ケニーとのドリームマッチ実現により、来年の1.4東京ドーム大会は例年以上に世界中が注目する大会となった。ジェリコのTwitterのフォロワー数は334万人! 対するケニーは19万人。WWE入りを拒み続けていると言われているケニーにとっては、ザ・ロックを筆頭に数々の大物スーパースターを相手に勝利を収め、主力タイトルを総ナメにしてきたジェリコと対戦できるのは、自身の選択が正しかったということを証明するチャンス。ベルトもかかっているので、絶対に負けられない試合である。
日本のプロレスファンには、世界が注目するドリームマッチを東京ドームで味わえることに幸せを感じながら、ワクワク感を持って東京ドームに足を運んでもらいたい。
文・どら増田
カメラマン・広瀬ゼンイチ