容疑者として挙げられたのは、大学生の死体が発見された家に住んでいた37歳のYという女性であった。Yは彼の遺留品の一部を持っていた上、関係も親密であったことから、彼女が殺したことで間違いはないだろうとの判断だった。だが、捜査に当たっていた警察はYの行動に首をひねった。なぜなら、死体を発見し、「軒下に死体がある」と交番へ電話したのは他ならぬYだったのである。
Yは37歳であったが、誰しもが認める美人で、過去様々な男性と関係を持っていた。殺された大学生も彼女の数多くの交際相手の一人であったようだ。現に21歳の頃にはその美貌を買われ、ミスコンクールで「準ミス千葉」を受賞したほか、学業も優秀で通訳の仕事に就いていた。16歳も年下の大学生が心掴まれたのも無理はないだろう。
しかし、この女性の本当の恐ろしさは逮捕された後だった。彼女の供述は毎日のようにクルクルと変わり、刑事たちを困惑させたのだ。例えば、死体を発見した際、顔はしっかりと見ているはずなのに、恋人である大学生の死体を見て「知らない人です」と言い張ったり、遺留品である彼の定期券が見つかった際には「まあ、あの人だったのね。それはお気の毒に」と何も悪びれずに言い放ったのだ。その後も毎日のように言うことは変わり、刑事が矛盾点を突いてもその都度、息を吐くようにウソをつき続け、警察を困惑させたという。
最終的には、彼女は大学生に「心中しよう」と持ち掛け、青酸カリを飲ませたことがわかったのだが、何故心中しようとしかたについては、ついぞその本心はわからなかったという。「これが『魔性の女』というものか……」。担当にあたった刑事たちは思わずそう呟いたという。
なお、Yだが、一説によると彼女は重度の精神病質(サイコパス)ではなかったかとされており(良心が欠如している、平然と嘘をつく、口が達者など)、今でも犯罪マニアの間で語り継がれているという。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)