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霊柩車に誘う青年

 何かの弾みで、大事故から逃れた体験を持つ人は多い。寝過ごした、普段乗り慣れている筈の電車に乗り間違えた等、幸運のきっかけは様々。だが、この幸運を邪魔しようとする力もまた、存在するのだろうか。

 1901年夏。後にノーベル文学賞を受賞するポーランド人作家ヘンリク・シェンキェヴィチは、南フランスの高級ホテルで休暇を過ごしていた。ある夜、シェンキェヴィチは奇妙な夢を見た。通りを歩いていると霊柩車が現れ、すぐ横まで来ると停まった。すると霊柩車の後ろから、金属のボタンが付いた青い服を着た青年が、金髪と青い瞳で微笑みながら、シェンキェヴィチを霊柩車へと促した。ゾッとすると共に息苦しさを覚えたシェンキェヴィチはそこで目が覚めた。しかし、翌日の夜も同じ夢を見た。青年が霊柩車へと促す。シェンキェヴィチが断ると手を掴まれ、むりやり霊柩車に乗せられそうになったところで、目が覚めた。シェンキェヴィチは気持ちが悪くてたまらない。が、更に二日同じ夢を見てしまった。何日かゆっくり滞在する予定だったが、これ以上耐えられない。休暇を返上して帰宅することにした。

 途中、経由したパリのホテルで、昼食のためエレベーターに乗ろうとした。その時、中にいたエレベーターボーイの姿を認めた瞬間、シェンキェヴィチは言いようのない恐怖に襲われた。青い制服には金属のボタン、金髪で青い瞳のエレベーターボーイは、夢に出てきた青年だった。シェンキェヴィチはエレベーターに乗る気になれず、部屋へ戻り崩れるようにソファに座り込んだ。と、突然凄まじい音と衝撃がホテルを揺るがせた。驚いて部屋から出ると、多くの人が駆け回り大混乱に陥っている。
 エレベーターの落下事故が起きたのだ。落下地点に群がる人々を掻き分けて行くと、脇にエレベーターから運び出された何体かの死体が横たえられていた。そのうちの一体は、あのエレベーターボーイだった。

七海かりん(山口敏太郎事務所)

山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou/

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