中世ヨーロッパ風の架空の王国ハイタニカを舞台に、主人公アレーラ姫と二つの祖国を持つナリアンとの禁断の恋物語である。ハイタニカ王国は、娘は親、妻は夫に従うことが当然視され、女性は政治や軍事に口を挟むべきではないという家父長制的な社会である。それを同年代の女性たちも当然視する中で、アレーラ姫は自我を持ち、社会に関心を抱く。名前も似ているため、フェミニズム文学の代表作『アリーテ姫の冒険』のアリーテ姫を想起させる。
因習にとらわれた男社会の不合理、ナリアンと比較した大人たちのだらしなさ、父親が高く評価する人物が自分にとってはつまらない人物に映るなど、時代や国境を超えて通用する人間社会の一側面を描いている。この点で、著者が人間関係の描写に長けた英国の作家ジェーン・オースティンの再来と称されることも納得である。
本書はミステリーとしても優れている。本書の視点人物はアレーラ姫であるが、作品中の謎は彼女が生まれる前の出来事に起因する。しかも、女性は政治や軍事について知らなくていいという社会であるため、彼女には十分な情報が知らされていない。ハイタニカの歴史について彼女も十分な知識がないところから出発しており、読者と同じレベルである。そのため読者は、彼女とともに謎を明らかにすることができないもどかしさを感じることができる。
第1巻は、アレーラ姫が自分の希望とは決定的に反する状況下で自分の真の気持ちを確信するという、続きが気になるところで終わっている。続編『レガシーII』は、2010年10月に発売される予定である。
(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者 林田力)