一方、事件を報じた現地イギリスではジャニー氏の事件に対する議論より、別の事件を思い出す人が多かったようだ。それはイギリスのテレビ司会者で慈善活動家であったジミー・サヴィル氏の性犯罪事件。イギリス在住とみられる人々はTwitterで「ジャニーは日本のジミー・サヴィル」「ジミー・サヴィルについては話題にしてはいけない。吐き気がするだけだ」「彼は本物の悪」などとつぶやき、大きなトラウマを抱えているかのような反応を見せていた。
それほどまでに拒絶されているジミー・サヴィル氏とは一体どのような人物なのだろうか。サヴィル氏は1975年から1994年までBBCで放送されていたイギリスの人気子ども番組『ジムにおまかせ』の司会を務めていた人物。同番組は少年少女が会いたいという有名人に会わせるなど、少年少女たちの夢をかなえる番組で、サヴィル氏は子どもたちの憧れ的存在であった。なお、サヴィル氏は2011年に84歳で死去している。
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死後、2013年に国民を驚かせる衝撃的な事件が明らかになった。同年にイギリス警察が提出した捜査報告書によると、サヴィル氏は子ども番組で司会者を務めていた当時、出演者の少年少女らに楽屋で性的暴行を加えていたというのだ。被害者は少なくとも72人いて、最年少は当時8歳の少年だったそう。ただ事件が発覚したのは死後で、生前に逮捕されることはなかった。警察が捜査するきっかけになったのもサヴィル氏の死後で、当時10代だった複数の女性が性的暴行を受けたと証言したことだった。
さらに捜査を進めると、サヴィル氏はボランティアスタッフとして働いていた国営病院施設でも性的暴行を行っていたことが明らかに。施設の患者少なくとも103人に性的暴行を加え、被害者は5歳から75歳だった。さらにサヴィル氏は死体から義眼を取って指輪を作り、霊安室で死体と性行為もしていたそうだ。
事件が認められたのは死後だったが、それまで疑惑がなかったわけではない。1978年には、とあるパンクロッカーがサヴィル氏の行為についてBBCのインタビューで指摘したのだが、反感を買ってかBBCを出入り禁止になったそうだ。また事件を取材しようとしていたスタッフがBBCから解雇されることもあった。この背景にはボランティア活動や寄付金集めなどの功績が認められ、サヴィル氏がイギリスの王室や首相らと良好な関係を築いていたこともあるだろう。生前は国宝級の人物ともてはやされていた。事件発覚直後も、BBCは犯行に関する放送をとりやめイギリス国内で批判の声が上がっていた。その後、批判の声を受けてか犯行を報じるようになった。報道の中では、他のメディアと同じように当時の出来事やサヴィル氏の犯行を細かく伝えたほか、当時のBBCの幹部が犯行を「おそらく認識していた」とはっきりと伝えていた。
こうした状況を経験しているイギリス国民はジャニー氏に関する報道を冷静にみているようだ。Twitterではイギリスの人とみられる人たちが「サヴィル氏の犯罪を隠蔽したメディア(BBC)がジャニー氏について報じるとは非常に皮肉」「イギリスだってサヴィル氏の犯罪を彼の死から1年後まで隠蔽した」「改めてサヴィル氏についても知られるべき」と指摘している。
ただ、サヴィル氏の一件がきっかけで芸能界での性的虐待が見直されるようになったことも事実。性的暴行が警察の報告によって認められてから、芸能界における性的虐待に関する大規模捜査が行われ、1950年代後半からBBCの子ども番組への出演などで人気を集めたロルフ・ハリス氏が2013年に逮捕されている。ハリス氏は1960年代から80年代にかけて未成年の少女に対して不適切な行為をしていたことが明らかになり、未成年の少女4人に対する11件の暴行で2014年に有罪が言い渡された。またロック歌手のゲイリー・グリッターも芸能人という立場を利用して未成年の男女に性的暴行を加えていたことが明らかになり2012年に逮捕。2015年2月に有罪が確定している。
サヴィル氏のことは思い出したくもないという人もいるが、今回BBCがジャニー氏の件をあえて報じたのは、事件を隠蔽しBBCに在籍していた優秀な記者がここ数年で別のメディアに移り、別メディアでサヴィル氏について報じるようになったことも影響しているかもしれない。結果的にBBCは優秀な記者を失ったため、隠蔽したことを引き合いに出されるリスクがあってもジャニー氏の疑惑を報じたのだろう。公平な立場で報道をする機関であることを世間にアピールするとともに内部の記者たちに示すという面でも、意味のあることだったのだろう。
これまでうわさされていたものの、テレビなどで大きく報じられることのなかったジャニー氏の疑惑。取材したBBCには日本から称賛の声が上がる一方で、イギリスでは素直に称賛するわけにはならない事情があるようだ。