「おばあちゃん、着物、着るの」
おばあちゃんは健太君の大声を何でもないように聞いている。もしかしたら、おばあちゃん、耳が遠くなったのかも。
おばあちゃんが答えた。
「ああ、そうだよ」
すると、健太君が、また叫んだ。
「おばあちゃん、なんで着物、着るの」
健太君の言いようが、おかしい。
聞かれたおばあちゃんは、今度は、目を丸くしている。
おばあちゃんが、帯を整える手を休めて、体を健太君へ向けた。健太君の様子がさもおかしいみたいに、聞き返した。
「健太や、どうしたんだい。今日は、おばあちゃんの着物のことなんか気にして」
ふいに、健太君が私を見た。口もとを広げて、はにかんでいる。それから、うれしそうに笑った。
健太君、笑うと、唇の横に、くぼみができるんだ。
健太君は、赤ちゃんだったころと違って、今は、少年になっている。
男の子は、もう少し大きくなると、すれてしまう。へんに、いやらしいことを覚えたり、わざと悪口を言ってきたりする。体もどんどん大きくなって、変わってしまう。そうなってしまったら、あとは、男の人になっていくだけだ。
健太君が私を見ている。真っ黒な瞳。純粋な輝き。
健太君が、恥ずかしそうに首をかしげた。さらさらな健太君の髪の毛が、揺れている。健太君の髪の毛、風になびく草原みたい。指先を通したら、やわらかそう。
健太君が、私のことを、うれしそうに見ている。
今の健太君は、男の子が、一番、輝いているときだ。赤ちゃんのころの健太君はいつも抱いていたけど、今の健太君をこそ、抱き締めてみたい。
手を伸ばせば、すぐそこに、健太君がいる。
でも、健太君は、何も言わずに、部屋から出て行ってしまった。
おばあちゃんが、健太君の後ろ姿を見守っている。
「美雪や、よく来てくれたね。健太も、美雪が来てくれるって聞いたら、よろこんでたよ」
そうなんだ。よかった。私も、健太君に会えてうれしい。
(つづく/文・竹内みちまろ/イラスト・ezu.&夜野青)