その彼は、とにかく私の使った物を何でも欲しがる人でした。聴いていたCDから、読み終わった本など、私が触れたものなら何でもよかったみたいです。まだそれぐらいならば、問題ないんですけど、次第に捨てる服とか下着まで要求されるようになりました。でも、一番嫌だったのが、唾液です。彼は100均で売ってるような透明のハンディスプレーを持ってきて、そこに唾を入れるように言ってきました。
その時は、彼に色々な援助をしてもらっていたので、断ることもできず、言う通りにしました。でも、唾なんてそんなに出ないですから、結構時間はかかりましたね。
そんな私は普段、接客業をしているのですが、ある日、来店したお客さんの相手をしていると、店の外側の通路に気配を感じました。それで視線を向けると、彼がジッと私のことを見ていたんです。私はお客さんと向き合っているため、リアクションを取ることはできませんでしたが、気になったので何度か視線を向けると、あの時の唾の入れ物を持って、匂いを嗅ぎながら見ていたんです。さすがにこの時は、ちょっと怖かったですね。その後、彼はそこから店に入ってくることはなく、気がついたらいなくなっていました。
後で彼に聞いたところ、すました顔で接客して私を見ながら、匂いを嗅ぐのがたまらないと言ってました。でも、さすがに職場まで来られるのは嫌だったので、「もうやめてほしい」と念押しし、しばらくして別れましたね。
写真・Tim Geers