『美しい隣人』は平凡だが幸せな主婦の絵里子(檀れい)の生活が美しい隣人の沙希(仲間由紀恵)によって破壊されていくサスペンスである。前回のラストで沙希は自分が絵里子の夫・慎二(渡部篤郎)の浮気相手であると絵里子に伝える。隠す必要がなくなった沙希は狂気の度合いを深めていく。
これまで沙希は絵里子に悟られないように立ち回ってきた。その言動は計算高く冷酷で、容易に本心を見せなかった。そこには最愛の息子を失った母親の復讐心の凄みがあり、ミステリアスな魅力を醸し出していた。このドラマの最大の被害者は絵里子である。そこを理解していても、ミステリアスな沙希と世間知らずの絵里子では沙希に感情移入する視聴者も多い。
ところが、今回の沙希は他人の幸せが羨ましくて許せない哀れな人に落ちぶれてしまった。まるで前半とは別人のような落差がある。ここでは沙希は自分が絵里子に成り替わることで、失われた幸福を取り戻そうとする。沙希の言動は明らかに常軌を逸している。
この異常性は沙希のパーソナリティだけに依存するものではない。物語全体に郊外住宅地の歪みとも言うべき気持ち悪さがある。慎二と絵里子の夫婦は互いを「パパ」「ママ」と呼び合う。幼稚園に子供を通わせる母親同士も「○○ちゃんママ」と子どものママとして呼ばれる。このコミュニティーでは個人ではなく、子どもの母親という属性でしか見られていない。この点が子どもを失った沙希が狂気に走った遠因であり、自分が絵里子に取って代わることができると妄想した背景だろう。
ミステリアスな悪女も常軌を逸した悪女も、沙希を演じる仲間の演技力の賜物である。仲間は2009年6月27日に放送されたテレビドラマ『MR.BRAIN』第6話「変人脳科学者VS悲劇の多重人格トリック!! 脳トレは嘘発見器!?」において多重人格者を演じた。そこでは表情や声の調子で3つの人格を演じ分けた。「ジキル博士とハイド氏」のように両極端な二重人格は想像しやすい。しかし3つの人格を演じ分けることは至難の業である。その演技力が幾つもの顔を持つ沙希の演技でも発揮されている。
(林田力)