那智の大滝が信仰の原点である熊野那智大社。この御滝に大己貴命をお祀りしたのがはじまりとされ、現在地への遷座は仁徳天皇の頃という。もと別個の神社だった熊野本宮大社、熊野速玉大社と互いに祭神を勧請しあって熊野三山と総称し、いわゆる“参詣ブーム”が巻き起こったことは有名だ。
また山岳修行第一の霊場としても名を馳せ、多くの修験者が入山した。隣接して西国三十三所第一番札所の青岸渡寺が建つ。
那智の火祭りは、こうした歴史的背景を雄弁に語りかけてくる。
祭の中心は「扇神輿」十二体が御滝前へと向かう午後の渡御祭。扇神輿とは6×1メートル余の枠木に張った布に、扇と神鏡を飾りつけたもの。これは御滝の姿であり、十二体は熊野十二所権現の神々を現す。つまり扇祭とは、現在鎮座する本社から大滝への神々の里帰りというわけだ。
渡御の道中を清め、歓迎の迎え火となるのが大松明。扇神輿を先導するように、石段を行きつ戻りつ炎が乱舞するさまは力強く美しい。その背後にゆっくりと現れる扇神輿は時折立ち止まって、身を震わせる。まるで御滝に対面して感動するかのようだ。
修験者を思わせる男たちが担ぐ大松明は約50kg。炎の勢いは凄まじく、正視できないほど。折からの大雨で水量が増した大滝のしぶきが、まさに安らぎとなった。
午前中に行われる稚児の舞や国の重要無形民俗文化財の那智田楽も見もの。ぜひ、朝からじっくり拝観してほしい。
(写真「十二の扇神輿を迎える大松明」)
神社ライター 宮家美樹