艦内を調べると予備室があるので、高井副長に許可を取りにいった。すると副長はいきなり怒鳴りつけた。
「次室士官のくせに、ハンモックでたくさんだ」
しかし、氏は副長に黙ってその部屋に忍び込んだ。部屋はマストの一側にあり、左舷の梯子のすぐ下であった。部下に荷物を運ばせ、その晩から勝手にその部屋に住み着いてしまった。
その晩、横須賀に転任する先任者の山手中尉の送別会になった。強かに呑んだが、山手中尉がさめざめと泣いてこういった。
「梶原さん、僕は一週間後には、この世にはいない」
「いったいどういうわけだ」
「今は言えない。でも、あの予備室だけはやめておいたほうがいい」
不思議に思いながらも深夜2時まで呑み、問題の部屋に戻ってきて、いい気
持ちで寝た。毛布を三枚かけて寝たが、どうも寒いと思って目を覚ますと、毛布が一枚も無い。ふと船窓を見ると、外の月あかりでボウツと明るい光が射し込んでくる。そして、その窓から次から次に黒い影が入ってくる。一人が入り込むと、次の黒い影が入ってくる。全身が凍りついたようになり、声さえも出ない。ようやく、ドアまでたどり着くが恐怖でうまくノブが廻らず、ドアを突き破り手を突き出し、巡回の伍長に助けられた。
翌日、高井副長と弓削水雷長がやってきて説明するには、あの予備室は艦の鬼門であるという。しかも、大正7年6月、第一次世界大戦で活躍した第一特務艦隊の一角としてこの艦が参加した時、艦内で伝染病が発生し、400名中十数名しか動けない状態であった。更に、満足な治療もできず死亡した死体を投げ込んでいたのが、あの部屋であったらしいのだ。
その後、伊勢湾に停泊中に特別に渥美湾に回航し、矢作神社に艦の武運長久を祈ると同時に怨霊退散を祈念したという。それ以来、妙な噂はなくなったという。ちなみに、転任していった山手中尉は、親に反対された恋人と自殺した。山手中尉は度々あの予備室に入り込み、恋人を想っていたらしく、怨霊につけこまれたのではないかという事であった。
(監修:山口敏太郎)