『Judgement2018〜DDT旗揚げ21周年記念大会〜』
▽25日 両国国技館 観衆 5,796人(超満員)
エンターテイメントプロレスのパイオニア団体で、日本版WWEとも呼ばれるDDTプロレスが3月25日、両国国技館で旗揚げ21周年記念のビッグマッチを開催した。昨年からサイバーエージェントグループ傘下に入ったこともあり、今大会はAbemaTVでも完全生中継された。
DDTだからこそ実現できるバラエティ豊かなビッグネームが揃った今大会だが、グレートムタが欠場前最後の試合に臨み、大会に華を添えた。
▼第7試合 ドラマティック・ドリームマッチ 30分1本勝負
○グレート・ムタ&佐々木大輔&遠藤哲哉(20分9秒 体固め)男色ディーノ&石井慧介●&大家健
※ムーンサルト・プレス
15日に都内のホテルで行われた記者会見で、グレート・ムタから『毒の呪い』の予告を受けて、さっそく、呪いにかかったフリーライター・橋本宗洋氏から毒霧を噴射された男色ディーノ。その後も連日にわたり、呪いの毒霧をリングアナウンサー、レフェリー、セコンドのレスラー、マスコミ、そしてサイン会中にはファンからも毒霧を食らった。男色ディーノは呪いの恐怖と闘う日々を過ごしながら当日を迎えることになった。
しかし、さすがはディーノである。入場テーマ曲『スリル』が流れると両国のマス席を徘徊しながら、いつものように男性客の唇を次々に奪っていく。その姿から恐怖心は一切消えていた。一方のムタは深海魚をイメージしたコスチュームで、大歓声の中“見参”。ムタの“別人格”武藤敬司が今月末に膝の人口関節置換術を行うことから年内欠場が決まっている。武藤は欠場前ラストファイトをWRESTLE-1の3.14後楽園ホール大会で終えている。
人工関節になると武藤、ムタの歴史を支えてきたムーンサルトプレスが放てなくなるとあって、3.14後楽園大会ではラストムーンサルトをフィニッシュホールドとして披露している。
ムタや武藤にとって両国国技館は、新日本プロレス時代に始まり、全日本プロレスやWRESTLE-1など、戦場を変えても節目節目において両国でビッグマッチを開いてきた。毎回ムーンサルトプレスで勝利を重ねてきたゆかりのある会場が両国なのだ。
ムタとしてラストのムーンサルトが見られるのか?ディーノに対する“毒の呪い”の行方は?
ゴングが鳴るとムタはそんなことはお構いなしと、独特の魔界ワールドを炸裂させた。ディーノの挑発に乗ることなく、最初はコーナーに下がり、タッチを受けて大家健との“異次元遭遇”を果たすと、場内からは大“大家コール”が沸き起こる。これに対してムタは天に向かって緑の毒霧を噴射。これだけで両国という大きな会場をムタの色に染めてしまうのだから、さすがは世界のスーパースターである。
現在、中邑真輔がWWEのトップで活躍しているが、野球の世界に例えるなら1980年代後半から1990年代初頭にかけて、当時WWEのライバル団体だったWCW(のちにWWEが買収)のトップ選手だったムタは野茂英雄的な存在なのだ。新日本時代、東京ドーム大会で武藤よりムタの登場が多かったのは、ムタが大会場に映えるのが理由だったとも言われている。
しかし、元祖“制御不能”レスラーでもあるムタと、同じく“制御不能”なディーノとの遭遇はとても刺激的だった。この2人が絡むことが“毒”なのかもしれない。ディーノがムタの股間を掴んでもムタは表情を崩さない。それでも己を貫くディーノは、コーナーで“大切な”尻を向けると毒霧を噴射。ちなみに、ムタはかつてインリン様の股間に毒霧を噴射し、“ご懐妊”したインリン様はボノちゃんを“出産”した経緯がある。
さらに、佐々木、遠藤と3人によるトリプル毒霧を食らったディーノは戦闘不能になり、最後はムタが石井にラストムーンサルトプレスを放ち試合を決めた。
佐々木率いるダムネーションのメンバーと引き上げるムタに対してディーノは「勝ち逃げは許さない。次はシングルで勝負よ!」とムタの復帰後、シングル対決するようアピール。“毒の呪い”の集大成を見せたムタはノーコメントのまま魔界へと戻っていった。ムーンサルトプレスという代名詞は失うことになるが、新生ムタとディーノの“制御不能”な物語はまだまだ続きそうだ。
文・どら増田
写真提供・(C)DDTプロレスリング