うれしい大誤算だった。ぎりぎり1頭分のスペースをこじ開けて、ピエナビーナスをVゴールに導いた瞬間、古川騎手はムチを握る左手で小さくガッツポーズを作った。
忘れかけていた味かもしれない。1997年の阪神3歳牝馬Sをアインブライドで制して以来、12年ぶり2度目の重賞制覇。それまで上村騎手が持っていた9年7カ月半というJRA重賞競走最長間隔記録を大きく塗り替えた。
だが引き揚げてきたその顔はすでに、いつものひょうひょうとした雰囲気に戻っていた。「僕はマイペースですから。勝つときはこんなもんなんですね」。カラリとした札幌の日差しが、笑顔を輝かせた。
11番人気の伏兵を操った勝利は、無欲の勝利でもあった。スタートを決め、折り合いもスムーズに中団をキープ。「馬場の内々、いいところで我慢した。内があくまで(その位置に)いようと…。いい感じに乗れたね」。
4角過ぎ、内をすくって末脚を伸ばした。鞍上のムチに馬も応え、メンバー最速タイの上がりを繰り出し、先に抜け出したザレマをゴール前できっちりとらえた。「いい仕上がりだったし、いつも北海道では走る馬だから…」。古川騎手は謙遜したが、ロスのない経済コースを通り、ジッと我慢して直線に懸ける好騎乗が光った。
痛みとの闘いにも勝った。7月19日の札幌最終レースで、落馬した馬のアオリを受けて自身も落馬。右ヒ骨を折る重傷を負った。まだ2週間前に復帰したばかり。「馬は万全だったけど俺の足は完全じゃないからね(笑)」と軽口で喜びを表現した。
一方、一躍真夏のヒロインになったピエナに南井調教師は「うまく折り合っていいレースをしてくれた。以前、1800メートルでいい伸び脚を見せていたので、今回も距離は合うと思っていたが、正直、勝つとまでは思ってなかったから(笑)。今後についてはこれから考えたいと思います」と笑みを浮かべた。2度目の重賞挑戦でのタイトル獲得。それは指揮官にとってもうれしい誤算だったようだ。