この舞台、元は2002年1月3日・4日にフジテレビで二夜連続放送された正月番組として藤原紀香主演、人気脚本家・大石静の脚本で放映されたドラマの舞台化。第二次世界大戦下の統制の波に巻き込まれた宝塚歌劇団の悲劇や、タカラジェンヌたちそれぞれが抱える悩み・揺れ動く心の動きを巧みに表現した感動作である。
2008年の舞台化初演時は新宿コマ劇場のラスト公演であり、女優陣全員を本物の宝塚歌劇団OGが務めるという企画が話題となった。初演は紫吹淳・湖月わたるをはじめ、元トップスターらがWメインキャストを張る豪華さで宝塚ファンのみならず多くの層から多大な反響を呼び、TV放送もされた。再演を求める声に応えて2011年、紫吹淳に代わり同じく元男役大スター・真琴つばさが前回に引き続き出演の湖月わたるとW主演。他のメインキャストも元宝塚トップスターたちのWキャストで甦った。
しかし、この舞台の醍醐味は本物の元タカラジェンヌたちが演じている事のみではない。これはフィクションとはいえとんでもない情け容赦なさがリアルさを醸し出している点にある。
その最大の理由として小劇場界がまだ男尊女卑が激しく芝居自体の地位も低かった時代、それぞれ女性が軸となって人気を博した劇団で活躍した『二兎社』の大石静と『自転車キンクリート』の鈴木裕美がそれぞれ作・演出という重要なファクターは見逃せない。
大石静は大手映像会社の脚本部で何度ダメ出しをくらってもとにかく書き直し続けた。幼稚園から大学まで日本女子大に在籍し、女子大時代に旗上げされた『自転車キンクリート』はおそらくは投げられた皮肉をそのままに「躍進する『お嬢さん芸』」をキャッチフレーズとしていた。どちらも男女どちらからも認められ難い「社会」の中で成功を収めた人物である。宝塚OGによる戦時下の宝塚を描いた舞台『愛と青春の宝塚』はそんな女性たちが率いる作品だからこそ情け容赦がなく引き込まれる。その強力タッグと華麗なる元タカラジェンヌたち、脅威の演技力を持つ少数精鋭の男性俳優陣が揃ったのは奇跡に近い事件だ。
物語はフィクションだが、宝塚歌劇団の史実にある凄まじい悲劇、試練はきっちり盛り込まれている。誰もが折れそうになる中、男役トップスターである『リュータン』こと嶺野白雪(真琴つばさ・湖月わたる/Wキャスト)は常に「エンタメ」を忘れない。時に厳しく。時に大きな包容力で後輩たちを笑顔にする姿は、現実にトップスターとして宝塚の舞台に立ったからこそ説得力があるのだろう。
さらに特筆すべきは狂言廻し的に登場する、手塚治虫をモデルとした漫画家志望のオサム青年(松下洸平)だ。
「どうして人は殺しあうの?」
「女の都、宝塚は爆撃しません? 他には爆弾落としてるだろう! このビラみたいに!」
などのシンプルな彼のセリフには涙すること間違いないだろう。なぜなら手塚治虫作品の世界には生まれ育った宝塚と宝塚歌劇団の影響が随所に見られるからだ。手塚治虫を知らない世代にも是非観て感じてほしい舞台ともいえる。
舞台は二部構成だが少しも長さを感じさせず、一分のスキもないどころかステージ上の全員がテンションMaxで語り・踊り・歌う。すべてがパワフルで、かつ動と静のギャップに泣けて笑えて、そしてやはり思い切り泣ける。フジテレビ『笑っていいとも』に出演した主演の真琴つばさによれば男性客も多いという。宝塚の公演を観たことがない人、そしてジャンルに関わらず「エンタメ」に関わる人すべてに観て欲しい作品だ。
また、出演者の中には阪神淡路大震災を体験しているキャストも少なくはない。今回の東北地方太平洋沖地震の2日前の3月9日の公演は仙台だった。阪神淡路大震災を経験している演者たちは、戦時下に近い混乱を二回も味わってしまった事になる。現在、公演会場には募金箱が置かれ、主演たち自らが募金を呼び掛けている。
まもなくツアーは終幕を迎えるが、各地に涙とともに勇気を与えているこの舞台を「また観たい!」と望む声はネット上でも止まない勢いだ。(七道遊貴)
『愛と青春の宝塚〜恋よりも生命よりも〜』オフィシャルサイト:http://www.ai-takarazuka.jp/