しかし、この初場所(東京・両国国技館)はいつもと様相が異なっていた。全勝で単独トップを走っていたのは優勝経験がない大関・把瑠都(27=尾上)。白鵬は10日目に関脇・鶴竜(26=井筒)に不覚を喫し、1敗で追走する形となった。異例な展開に、「今場所こそ、終盤がおもしろくなる」と思った相撲ファンも多かっただろう。
ところが、12日目(1月19日)、その盛り上がりに水を差したのが当の把瑠都と、大関・日馬富士(27=伊勢ケ浜)だった。2敗の新大関・稀勢の里(25=鳴戸)と対戦した把瑠都は、なんと立ち合いで変化する姑息な相撲で、はたき込んで全勝を守ったが、場内からはブーイングも飛び、「帰れ」コールも巻き起こった。把瑠都は「体が勝手に反応した。見に来たファンの皆さんに申し訳ない」と謝罪した。
これでは終わらなかった。結びの一番では、目の前で把瑠都への「帰れ」コールを聞いていたはずの日馬富士が、白鵬相手にまたもや立ち合いの変化。送り出された白鵬は何もできずに土俵下へ一直線。ファンは相次ぐ変化相撲に絶句。落胆の色濃く、場内には重苦しい空気が流れた。そもそも、すでに3敗の日馬富士が変化をしてまで勝ちにいく必要などなく、「横綱に失礼な相撲。だますような相撲だった。うれしいはずが、うれしくない」と自らの相撲を責めた。
これで、白鵬は2敗目を喫し、把瑠都と2差。完全に優勝争いの興味がそがれた。早ければ、13日目(20日)にも把瑠都の優勝が決まる。本来、立ち合いの変化は小兵力士や、番付下位の力士が上位力士に対して殊勲を狙って、主に用いられる戦法で、少なくとも横綱や大関が使う手ではない。
まさに、優勝争いに水を差す2大関に対して、日本相撲協会には業務が終わる午後7時まで、クレームの電話が鳴りやまなかったという。この相撲に関し、放駒理事長(元大関・魁傑)は「勝負だから仕方がないが、まともにぶつかり合ってほしかった。注目の相撲がアレではお客さんも興ざめ」とため息。横綱審議委員会の鶴田卓彦委員長は「もっと正々堂々いかないと。これでは(横綱)昇進へのマイナス」とダメ出し。
横綱、大関は責任ある立場であり、ただ勝てばいいというものではない。相撲内容も重視される。これで、把瑠都が優勝しても、ファンの評価も得られないだろうし、綱獲りへの機運も盛り上がらない。この両大関には、もっと自覚をもってほしいものだ。
(落合一郎)