1982(昭和57)年10月某日、群馬県某市でひとりの主婦が逮捕された。この主婦は夫の職場の同僚8人に農薬入りのウィスキーを飲ませ、中毒症状を起させた疑いが持たれたという。
主婦は夫の同僚に恨みがあったわけではなかった。和歌山毒物カレー事件(1998年)と同様、大人数を狙った無差別殺人を狙ったではと疑われたのだ。
しかし、実態はそうではなかった。彼女が殺すターゲットに選んでいたのは、ただ1人だったのだ。この主婦は、農業を営む夫と仲良く二人暮らしをしていた。ところが、この家を手伝っている従業員の男性とはあまり仲が良くなかった。そのため、彼女は従業員を殺害しようと考え、お土産として毒の入ったウィスキーを渡すことを考えた。
女は高級ウィスキーに農薬を混ぜて、翌日従業員に渡そうとしたが、何も知らない夫がリビングに置いていたこのウィスキーを知り合いたちに振る舞おうと、宴会に持ち込んでしまったのだ。
この宴会は10人程度の小さいものだったが、下戸の2人を除いた8人が全員がこのウィスキーを飲み、吐き気やおう吐を繰り返す農薬中毒の症状に。宴会は大混乱に陥ってしまったのだ。なお、幸い死亡者は出なかったという。
ちょうど、この時期は東京・大阪で、コーラ飲料に青酸カリを入れた「青酸コーラ無差別殺人事件」など、飲料と毒物を使った事件が数多く発生していた時期でもあり、近隣住民は「無差別テロ」の恐怖におびえたが、逮捕された主婦が「ターゲットはひとりだけだった」と供述したことでテロの恐怖は去った。
力のない女性にとって、薬物は恨んだ相手を確実に殺せる禁断の果実。もちろん使い方が正しければ…だが。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)