完結編では歴史ミステリー色が強まった『JIN』であったが、今回は久しぶりに緊迫した手術シーンが登場した。タイムスリップ物の『JIN』は医療ドラマとしては異色である。南方仁(大沢たかお)は現代の外科知識を持っているが、タイムスリップした幕末には、現代医療を実現する設備や技術は存在しない。その制約の中で仁は何とか工夫して手術を行う。
これは現代の医療ドラマでは珍しい。天才的な外科医が困難な手術に成功するドラマでも、最新設備の利用が前提となっている。「弘法は筆を選ばず」が通用するほど医療の世界は甘くない。最新設備を投入しても、ままならないものが生命である。だからこそ医療ドラマには感動がある。
しかし、『JIN』は設備がないことによって生と死のドラマ性を高めている。手術中に患者が心停止し、患者への呼びかけなど超自然的な要素も含む医師の必死の対応によって患者が蘇生する展開は、医療ドラマの定番である。これは『JIN』も他の医療ドラマも同じであるが、『JIN』には他と異なる要素がある。現代の医療ドラマでは、患者の心停止や蘇生は心電図などの各種モニター類が表現する。
これに対して『JIN』の世界では、モニターなどの電子機器は存在しない。メスなどの医療器具は製作できても、電子機器は作れないという設定の妙が手術シーンに新鮮味を与えた。脈拍など生身の患者から患者の状態を判断しなければならないためである。
これは現代医学が忘れがちなことである。なかお白亜の漫画『麻酔科医ハナ』では、患者の容態が悪化してモニターの前で慌てふためく医師に、先輩医師がモニターではなく、患者本人を見るように助言するシーンがある。モニターなしで治療する『JIN』には、患者本人と向き合う医療ドラマの感動がある。
(林田力)