2人で飲み屋に入ったとする。テーブル席とカウンター席とがあって、お好きな方へと言われたとする。十中八、九、仲良しだったらカウンター席を選ぶのではないだろうか。「カウンターでいいよね」という決まり文句で誘(いざな)いながら。
この場合、誘われた方も、よくない、いやだ、拒む、とはけっしていわないことになっている。カウンターで隣り合うと、膝はぶつかる、肘はぶつかる、どうかすれば手や指までぶつかる。しかし、それは互いに承知である、というところまで考察してはいたが、しかしそれ以上、問題を深化させることはできないでいた(寿司屋のカウンターように、ご主人の立つ、つけ台が最上席という場合は、「でいいよね」とは言いわない)。
さて、わたしもNHK「ラジオ深夜便」のお世話になっているひとりである。過日、目の覚めるような話を聞いた。
ナチスのアウシュビッツ収容所を描いた「夜と霧」の作者フランクル氏が、弟子の日本人医師長田勝太郎氏(その夜のゲストである)を訪ねて、はるばる日本までいらした折、先生夫妻のあまりの仲のよさに、長田氏は冷やかし半分に秘訣を伺いたいものだと話を振った。すると先生はまともな面持ちで、こう言われたというのだ。
「男女の仲は、最初はアバタもエクボです。それが、アバタはアバタ、エクボはエクボになります。次にエクボもアバタになります。だから顔を見合わせてはいけないのです。どうすればいいか? 簡単です。同じ方向を見ていればいいのです」
わたしはまんじりともせず朝を迎えた、というのは嘘だが起き上がってメモをとった。映画のコピーライターをしていた習性で、いまでも枕もとに紙と鉛筆はある。目覚めたら畳に惹句を書きなぐっていたこともあったが、判読できなかった。釣り逃がした魚というやつである。早起きはしようがないとして、昔をしつこく覚えているのはよくない、老化だな。
バー「スタンディングコーナー」の2Fは「時々(じじ)バー」と名づけられていて、由来を尋(たず)ねると、亡くなった先代の「爺(じじい)」がやっていたからと説明をうけた。まあそれはいいとして、街に不似合いなほどこじゃれた佇(たたず)まいのこの2階建てバーは、地方の小都市の、小銀行の、小支店の潰れた跡、といった風情がたまらない。
仲良しになりたい2人は2階にゆく傾向にあるけれど、ほんとの仲良しは1階でしょ。同じ方向を向きながらね。角のハイボール、270円。
予算2000円
東京都台東区上野6-2-11