日本にとってアメリカは、経済のみならず安全保障上もっとも重要な同盟国でもあるため、政権を担う自民党の政治家からトランプ批判が出ることはほとんどなかった。内心どう思っているかは別にして、少なくとも公然と口に出す議員はいない。
それだけに、8月28日の北海道講演で岸田文雄前首相からトランプ批判が飛び出し、SNSで拡散されたことは衝撃とともに大きな話題となった。岸田前首相の言葉は次の通り。
「世界の主要国において、自国第一主義とか移民排斥とか、極めて排他的な右派政党がどんどんと伸長している。ポピュリズムという言葉も盛んに使われる。イギリスでは『リフォームUK』という極端な右派政党が勢力を伸ばしている。チャーチルやサッチャーなどを生んだ伝統的な保守党、包摂的で穏健な保守党が第四党にまで退潮してしまった。アメリカでは共和党のトランプ政権ではあるが、この共和党は、かつてリンカーンやレーガンといった伝統的な共和党とはまったく異質のものだ。看板は共和党だが、実質的には“トランプ新党”に乗っ取られてしまった。かつての伝統的な共和党勢力はどこに行ってしまったのかという状況だ。良き共和党は見る影もない。多くの国々において包摂的で穏健な保守政党が退潮している。一方、排他的な右派政党が勢いを増している。そのことによって国民が分断されていると指摘されている」
SNSには「ようやく日本もダメなものはダメだとはっきり言える国になったね」という賛辞がある一方で、「トランプにケンカを売った。石破も岸田も。これが今の自民党。正気の沙汰ではない」という批判の書き込みもあった。
解散した岸田派は長らく保守本流だった「宏池会」の流れをくむ派閥で、自民党内では伝統的にハト派の政策集団だった。保守本流としてのプライドが岸田氏に講演のような発言をさせたのではないか。
昨年9月に行われた自民党総裁選の2回目投票で、石破茂首相が高市早苗氏に逆転勝利した理由として岸田氏の動きがあったとされる。岸田氏は旧岸田派の議員らに「高市さんでは政策が合わない。党員票が多い候補へ」と事実上、石破支持を伝えたと言われる。
そして、「世界中で右派政党が伸長」「国民が分断」という言葉の裏に、岸田氏は参政党への警戒感をにじませているようにも聞こえる。アメリカの共和党について1つ付け加えるならば、伝統的な共和党は、湾岸戦争を始めたブッシュ大統領のときからすでに変質していた。ブッシュ政権はチェイニーやラムズフェルドらネオコン(ネオ・コンサバティブ=新保守主義者)に牛耳られていた政権であり、それ故に世界の多くの反対を押し切って湾岸戦争に突入したのである。
トランプ大統領は国防総省が「戦争省」の名称も使えるようにする大統領令に署名した。米メディアによると、正式な名称変更には議会での手続きが必要とのことだが、トランプ大統領のやりたい放題は止まらない。岸田氏の講演は勇気ある発言と言えないだろうか。