きっかけとなったのは、同じカタールで1993年に行われた、アメリカW杯アジア地区最終予選でのいわゆる「ドーハの悲劇」を取り上げていた際の一幕。第4戦終了時点で初の本選出場に王手をかけていた日本代表だったが、5戦目の試合終了直前のロスタイムで2-1から対戦相手のイラク代表に1点奪われ、予選敗退となってしまった。
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今回のカタールW杯では、「ドーハの悲劇」で選手として出場していた森保一監督が代表監督として因縁の地に戻ってくる形に。番組では、「ドーハの悲劇」がいかにサッカーファンにとってショッキングな試合だったかを振り返っていた。
その中で、話を振られた一茂は「僕はこの年はすごくよく覚えてて、Jリーグ元年ということで。私の父親も巨人に復帰した年だったんです」と告白。「で、やっぱり僕は野球やってたんで、野球界としては申し訳ないですけど、これでサッカーがW杯行ったら野球人気負けちゃうと思ってて」と明かした。
また、一茂は「多分、野球関係者、申し訳ないけどみんな『負けろ』って思ってた」と発言。その後、一瞬間を置いた後、「みんなじゃないですね! ごめんなさい、余計なこと言った。俺は思ってた」と慌てたように自身の話と置き換えていた。
この発言に、ネット上からは「ひどすぎ」「最低」「フォローしてもこれは問題発言」「関係ない野球関係者巻き込むなよ…」「カミングアウトしすぎ」といったドン引きの声が集まっていた。