この日、『ボンビーガール』で放送されたのは、「ボンビールームツアー!」―という有名芸能人が若手時代はどのような生活を送っていたのかレポートする企画。この日は陣内智則がデビュー当時、住んでいたという大阪の町へロケを行った。
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若い頃から売れているイメージのある陣内だが、デビュー当時は人気もお金もなく、当時付き合っていた彼女から援助を受け、住んでいた場所も相方と分けて家賃月8000円の激安物件に住んでいたと、決して順風満帆な芸人生活ではなかったという。
また、陣内の社会人としての出発点は芸人ではなく、寿司職人の正社員であり、上記の激安物件も勤めていた寿司屋の寮に住まわせて貰っていたもの、というあまり世間では知られていない過去が明かされた。
そんな中、ネットがざわついたのが、人生の上昇値を図る「ボンビー人生グラフ」であった、このグラフは陣内本人が直接書いたのだが、2007年から2009年まで最高値をキープ。だが、2009年中盤からは最低ラインのドン底にまで落ちるという奇妙なグラフであった。
このグラフについて、陣内は「プライベートでいろいろあって……」と言葉を濁し始め、レポを担当したハナコの岡部大および大阪時代の陣内をよく知るシャンプーハットのこいでは、2009年がグッと下がっている事について触れたが、当の陣内は「2009年ってあったっけ?」とボケていた。
この2009年という時期は、陣内が最初の妻である女優の藤原紀香と離婚した年であり、陣内は世間から大バッシングを受けていたという過去がある。
そのため、陣内としては「2009年は記憶から消したい」という想いが強いのだと思われるが、この陣内の反応についてネットでは「やっぱり忘れたい過去なんだ」「2009年をなかったことにしようとしてる」「やっぱり未だに触れられたくないんだ」といった声が相次いでいた。
離婚から12年経過しても、藤原紀香との結婚はタブーのようである。