チョムラーン専務理事は「猫の五輪出場を祝福する。たゆまぬ努力、厳しい練習を積んだ彼にはその資格がある。わずか2、3年で記録の大幅向上を図るのは難しいが、彼はそれをやった。五輪ではまず自己記録更新を期待したい」と話した。同国陸連のペン・ブティ専務理事も「猫さんは経済大国から来てくれた。猫さんのような日本人がカンボジアのために身を捧げ、努力してくれることは、カンボジアにとって誇りだ」と賛辞を送った。
猫は08年2月に初挑戦した東京マラソンのタイムは3時間48分57秒だったが、その後、本格的にマラソンを始め、10年2月の東京マラソンでは2時間55分45秒と3時間を切った。同年12月のカンボジア国内でのアンコールワット国際ハーフマラソンで3位になったことを評価した同国政府から、国籍を変更しての五輪挑戦を打診された。猫は11年6月に国籍取得を申請し、同年10月には国籍取得が認められた。
今年2月の別府大分毎日マラソンでは2時間30分26秒(50位)で、自己記録を大きく更新。同国北京五輪代表のヘム・ブンティンの昨季最高タイム2時間31分58秒を上回り、代表選出が有力となっていた。
猫は参加標準記録B(2時間18分)をクリアしていないが、五輪の陸上では、参加標準記録を突破した選手が1人もいない国・地域は、男女1人ずつがいずれかの種目に出場できる特例がある。カンボジアはこれに該当し、このわずか1枚の枠に猫が入ったもの。
この報に対し、日本陸連理事で84年ロサンゼルス、88年ソウル五輪の男子マラソン代表の瀬古利彦氏は「本当におめでたいこと。五輪は参加することに意義がある。選ばれた以上、カンボジア国民の夢を背負って頑張ってほしい」とエールを送り、日本陸連強化委員会の木内敏夫統括ディレクターは「最近の成長を見ると、ただの市民ランナーの走りではない」と評価した。
一方、女子マラソン92年バルセロナ五輪で銀メダル、96年アトランタ五輪で銅メダルを獲得した有森裕子さん(日本陸連理事)は「心情的にはこれが本当にいいことなのか複雑だ」と、猫に冷や水を浴びせた。有森さんはマラソンを通じて、カンボジアとの国際交流に力を入れているとあって、「カンボジアの選手を選んでほしかった」との思いが強かったのだろうか。
世界的には五輪に出るために国籍を変えることは決して珍しくない。国内では女子フィギュアの井上怜奈が米国籍を取得し、06年トリノ五輪に出場。同じく女子フィギュアの川口悠子が、ロシア国籍を取得し、10年バンクーバー五輪に出場している。
国籍を変えてまで、五輪に出ることに関しては確かに賛否両論あるだろう。しかし、ド素人から短期間で、ここまでの記録をつくり、なおも発展途上の猫。ロンドン五輪本番では思わぬ好記録が出るかもしれない。ここは、猫の努力を評価したいところだ。
(落合一郎)