『江』の秀次は小牧・長久手の戦いで徳川家康(北大路欣也)に大敗した武将として登場した。江(上野樹里)からは「秀吉が大猿ならば秀次は子猿」と小物扱いされた。大河ドラマでは1987年の『独眼竜政宗』で陣内孝則が演じた秀次が強烈である。そこでは秀吉との血縁だけで関白になった暗君との伝統的な秀次像を体現していた。
『江』の初期の秀次も無能な秀次像を踏襲したものである。しかし、陣内の秀次が最上駒姫を執拗に求めるなど自己の立場を満喫していたのに対し、北村の秀次は天下人の甥として過度な期待をされる人間の悲哀も演じた。二世俳優である北村にとって秀次の悩みは感情移入しやすいものだろう。
その後、江は豊臣秀勝(AKIRA)と結婚し、秀次は江の義理の兄になる。秀勝は江に秀次の別の一面を提示した。それは文人としての一面と、弟想いの一面である。古典を愛好する文人としての一面は、秀次を再評価する歴史研究に従ったものである。
弟想いの一面は主人公が弟の妻となる『江』ならではの視点である。秀次と秀勝の兄弟が心を通わせあっていたという設定は新鮮である。『江』では徳川秀忠(向井理)も兄の秀康(前田健)と仲が良かったという設定で、兄弟愛を重視している。これまで時代劇では兄弟は競争相手として対立関係に描かれることが多かった。
現代ドラマを手掛けてきた女性脚本家がシナリオを書く『江』が女性視点の恋愛ドラマやホームドラマになることは想定の範囲内であるが、兄弟愛を描くことも『江』の独自性になる。『江』は浅井三姉妹の絆を描く物語であるが、他の兄弟の絆も描くことで三姉妹の姉妹愛にもリアリティを持たせられる。
前回までの秀次は秀勝の死を悼み、秀勝を出陣させた秀吉(岸谷五朗)に怒りを顕わにする。重厚感あふれる演技で愛する弟を失った悲しみを表現した。しかし、拾の誕生によって逆に追い詰められた今回は、酒や鷹狩りに溺れる軽薄な人物として登場する。さらに秀吉の本意を知って絶望し、「早く秀勝に会いたい」と生きることを諦めてしまう。
これは一人の人物の描き方としては一貫性に欠けるが、それ故にこそ秀吉に振り回された秀次の悲劇性が浮かび上がる。その秀次の多面的性格を舞台育ちの芸達者な北村が演じきった。
(林田力)