search
とじる
トップ > トレンド > 高橋四丁目の居酒屋万歩計(2)「帰ってきたとぶさかな」(居酒屋)

高橋四丁目の居酒屋万歩計(2)「帰ってきたとぶさかな」(居酒屋)

 両手に余る長巻紙に、本日のお品書きがずらりと羅列してある。なかに、ひらまさとあって、懐かしさがこみあげた。むかし、それとは知らずに食べたひらまさが、ぶりの親戚のようでそうではなく、淡白でありながら旨みが残る味わいに、これはなんですかと尋(たず)ねるとひらまさだという答え。

 30歳のわたしは、映画「野性の証明」(佐藤純彌監督)のロケ地となった石川県金沢市に来ている。可愛いおばさん役が最近、お似合いの薬師丸ひろ子さん(女優)がデビューした作品だ。スタッフの宿舎は、風光明媚(めいび)な城下町が売りである古都の観光基準に反旗を翻して、一軒だけ目を引く色で壁面を塗って騒動を起こしている、某旅館。わたしの仕事といえば、取材にみえる芸能記者の案内役。灯ともし頃になれば「野性軍団」と命名されたアクション系若手俳優たちの兄貴分として、夜な夜な盛り場に出撃していた。
 今夜は浅野川の畔(ほとり)の寿司屋にきている。しかしまあ困ったことに、主役の高倉健さんがいたずら好きな方で、今朝も喫茶店の若いウェイトレス(懐かしい響きだ)をからかっていた。からかうったってなにをするでもない。ただ、こんにちは、というだけである。問題は、誰が「(ニコッと満面笑みの高倉健から目を見つめられて)こんにちはッ」と挨拶されることを予期しているか、である。女の子はもうちょっとで、トレーのホットコーヒーをひっくり返すところだった。

 ひらまさ、である。
 北国生まれのわたしが、当時、見知りもしなかったのは当たり前で、ひらまさの分布は温帯と熱帯域で、日本では本州中部以南になる。真夏の海の代表的な魚で、針にかかると数百メートルを一気に突っ走ること、姿形はぶりに似ているが味はぶりに優る高級魚であること、漢字では平政と書いて、寿司屋でもなかなかの高嶺の華であること、などは後で知る。お待ちどおさまという声とともに、ほのかな紅色の筋が綾なした刺し身が五葉、目の前に出てきた。ひらまさである。確かに、夏の魚らしく、舌に残るということをしない。思い出というものも、かくありたいものである。
 まぎらわしいが「帰ってきた とぶさかな」が本店である。2年前、筋向かいに支店「とぶさかな」を出した。魚料理中心の居酒屋で若い衆が、さらに若い衆を使って威勢良く商売に精を出している。地元にも馴染(なじ)んでいて、土日は家族連れや年配者同士が多い。
 薦(すす)められたのでいただいた本日お薦めのサザエの刺し身も、潮の香を残した肝と、刺々(とげとげ)しい部位と、柔らかな部位とを、3つに分けて供する仕事ぶりや良し。年配者には荒々しいサザエではなく、別の刺し身を提案するなどの接客ぶりも良し。なかなか頼もしい若い衆ではある。

予算3500円
東京都世田谷区北沢2-15-5

関連記事


トレンド→

 

特集

関連ニュース

ピックアップ

新着ニュース→

もっと見る→

トレンド→

もっと見る→

注目タグ