芸能ネタ
-
芸能ネタ 2014年10月10日 11時27分
仕事をセーブし続けてきた松坂慶子が今後本腰を入れる理由
2015年のNHK大河ドラマは明治維新を生き抜いた女性、吉田松陰の妹の文を描いた『花燃ゆ』が放送される。主演の井上真央(27)以外の追加出演者として、松坂慶子(62)、かたせ梨乃(57)、高橋秀樹(70)らが発表になった。 ドラマは長州(現在の山口県)の萩で貧しい武士の家に生まれた文の半生を描く。長州藩の正室で、大奥の女帝でもある毛利都美子役を演ずる松坂は、「伝統や家風を大切に凛とした女性と聞いていますが、しっかり者の真央ちゃんに頼ってます。真央ちゃんを毛利家に迎え入れるので、いまから楽しみです」と、撮影が待ち遠しい雰囲気だ。しかし、業界では長期撮影が続く大河ドラマに、松坂が出演OKをしたことが大きな話題になっている。 かつて、松坂はニューヨークで出会った芸術大学卒のギタリスト、高内春彦(60)と両親の反対を押し切って結婚。二人はニューヨークで新婚生活を始め、子供にも恵まれた(長女=22、次女=20)。その後、松坂一家は日本に帰国し、両親との和解を求めたが、松坂の父は最後まで許すことは無かった。 帰国後、松坂は二人の娘をアメリカンスクールに通わせた。芸能人の子供は、何かと目に付けられやすいし、日本の環境の中で育てるのは大変だからという配慮からだ。そして、そのおかげなのか、娘たちはNHKの英語番組で芸能界にデビューする。そんな中でも、松坂とその両親の確執は続いていた。対立は次第にエスカレートし、マスコミを巻き込こんで大々的に繰り広げられることになった。松坂の両親は孫をこよなく愛したようだが、高内を決して受け入れようとはしなかった。2007年にそんな松坂家に大きな転機が訪れる。結婚に反対していた父が86歳で亡くなってしまったのだ。 両親との対立が続く中、実家には介護が必要な母が残された。いまは実家の玄関に“高内”の表札が掛かり、2年半前から松坂の母、松坂、高内の同居生活が始まっている。 「松坂は、実家での母の介護の合間を縫っては、ハワイで暮らす娘たちに会いに行っていた。だから、長期のロケや連続ドラマはNGだったんだけどね。松坂は、子供たちに淋しい思いをさせたくないという気持ちがあって、これまで仕事をセーブしてきた。だけど、娘も20歳を過ぎて、これからは『娘は娘の人生を』と考えているよう。芸能界に戻るのも娘次第と思っているようです。だけど、娘たちは戻る気がないみたい」(映画関係者) 舞台のプロデューサーも「子供たちも成人したので、これからは1カ月公演のオファーしやすい。出演していただけるなら、演じていただきたい役が一杯ある」と言う。また、松坂の華やかな女優人生が始まりそうだ。
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
半井小絵 お天気キャスター&日銀出身の初ヌード写真集急浮上
かつて『NHKニュース7』で“午後7時28分の恋人”と呼ばれたお天気キャスター・半井小絵(41)の復活ヌード極秘交渉が進んでいるという。 関西学院大卒業後、日本銀行→日本気象協会を経た半井は、気象予報士の資格を持つことから'04年、同番組に出演開始した。 「癒やし系で清楚な笑顔と控え目な口調の独身・半井は、たちまち大人気。午後7時28分からの天気予報を見る視聴者が激増し、'06年の紅白歌合戦にも出場した。しかし'11年2月、メジャーリーガー・建山義紀(現阪神)との不倫疑惑が報じられたのです」(芸能記者) 半井側は不倫を否定したものの、直後の同年3月に『ニュース7』を降板。翌'12年には大手キャスター事務所に所属した。 「'12年には一時民放のバラエティー番組に出演しましたが、その後目立った芸能活動はなし。すっかり“あの人は今”状態になっていたのです」(同) そんな半井に最近、大きな動きがあった。今年7月、所属事務所を退社。さらに11月7日に、初写真集『雲の向こうへ』を発売することが発表されたのだ。 「写真集の詳細は公表されていませんが、セクシーグラドルのDVDや写真集を多数出している発売元なので、多少の露出は期待できそう」(芸能プロ関係者) また、早くも“半井ヌード争奪バトル”が勃発しているという。 「数社の関係者が半井との水面下交渉を狙っており、中には『乳首出しヌードで5000万円、ヘアまで出せば1億円』と息巻く脱がせ屋もいる。数年の沈黙を破って突然写真集を出すくらいだから、半井も復活に色気を見せているはず。実現すれば日銀出身初のヌードにもなる」(出版関係者) 早大大学院アジア太平洋研究科修士課程を修了している半井。当時から「脱いだらすごい」と評判だった。 「『ニュース7』は毎日、彼女のファッションショーでもありました。時にはおっぱいの谷間寸前まで露出した衣装で登場したこともある。紅白では両肩全開の超悩殺ドレスで登場し、水泳で鍛えていたこともあって、ファンの間ではEカップ巨乳として評判でした。最近でも9月に、海外の南国に行った際の胸元まで露出した自撮り写真をブログにアップした。四十路になり、さらに巨乳化している印象です」(同) 今度は“深夜の恋人”に。
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
プロフェッショナル巧の格言 山田廣作(音楽プロデューサー) 「歌はメッセージだ」イジメ撲滅の思いを音楽に乗せて(1)
イジメ撲滅をテーマにしたアメリカを代表する伝説的フォークグループ『ピーター・ポール&マリー』のメンバー、ピーター・ヤーロウのアルバム『決してあきらめないで』と、世界的合唱団『ウィーン少年合唱団』の『尊い人生』が静かなブームを呼んでいる。 この画期的ともいうべき2枚のアルバムをプロデュースしたのは、島倉千代子の『人生いろいろ』や天童よしみ『珍島物語』の音楽プロデュースを手掛けた山田廣作。スキンヘッドで髭面の一見コワモテに見える山田は、業界では“山田会長”と呼ばれ愛されている人物だ。 「イジメによる自殺のニュースが後を絶たない。子供たちが幸せな生活を送るためにはどうしたらいいか、と悩んでいるとき、チベット仏教の最高指導者でノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ14世による“イジメ撲滅”の詩に出会った。その詩をアレンジ。レコード会社の尽力で世界的なアーティストによるアルバムが完成したんです」 常々、「歌はメッセージだ」と力説する山田は、鹿児島生まれ。父親が働く三池炭鉱のある大牟田市(福岡)で育った。 「僕は悪ガキで勉強も嫌いでしたが、歌だけはうまかった。小学校の頃から、大会に出て東海林太郎の曲を歌っていました。将来は歌手になる夢を持って東京に出てきたんです」 歌手を目指し上京した山田だったが、『日本著作権協会』(JASRAC)の社員募集広告が目に止まり「ここに入れば歌手になれる」と思って応募したという。 「当時、著作権協会の会長は『青い山脈』『蘇州夜曲』それに村田英雄さんの『王将』など数々のヒット曲を作詞した西條八十先生でした。面接のときに『君は赤とんぼを作曲した山田耕筰先生と同じ名前か』と面接官が笑いながら接したんで、受かるなと思いましたよ」 入社はしたものの、同協会は著作権を管理する組織で歌手の養成所ではなかった。山田は2年あまりで退社した。 「知人の紹介で作曲家の浜口庫之助さんのマネジャーになったことで、芸能界に足を踏み入れたんです」 浜口氏の歌謡界での通称は“ハマクラ天皇”。『黄色いさくらんぼ』『愛して愛して愛しちゃったのよ』『バラが咲いた』、石原裕次郎が歌った『夜霧よ今夜も有難う』など数々のヒット曲を生みだした大御所だ。 「いつか僕の歌を聴いてもらえると思ったら、『今度、またな』とはぐらかしてばかり…。結局、ハマクラさんのところで覚えたのはゴルフだけ。先生がいない間にクラブを振って覚えたんです。その後、マネジャーを辞めて日本テレビに出入りしていたときに、作家の飯干晃一さんとバッタリ会ったんです」 飯干氏は読売新聞社会部記者を経て作家に転向。『山口組三代目』を執筆、映画化された東映の大ヒットシリーズ『仁義なき戦い』の作家としても有名だ。 「艶福家のハマクラさんは、大阪に好みの女性がいた関係で読売テレビ制作の『11PM』に出演していた。飯干さんもレギュラーだった縁で僕とも親しかったんです。飯干さんから『スポンサーを連れて来るから番組を作らないか』と誘いがあったんです」 山田のプロデュース人生の転機となった。
-
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
プロフェッショナル巧の格言 山田廣作(音楽プロデューサー) 「歌はメッセージだ」イジメ撲滅の思いを音楽に乗せて(2)
飯干氏の一言がきっかけで、山田は'73年に『歌まね合戦スターに挑戦!!』(日本テレビ)を誕生させた。 「司会は西川きよしさんと横山やすしさん。横山さんは、破天荒な性格でしたからね。トラブルを起こしたともありましたが、“スタチョン”は10年以上続きました」 その間、山田は出演した歌手のマネジャーたちと“ボンビー(=貧乏)会”を作ったという。 「ほとんどの人が引退してしまいましたが、野口五郎や内藤やす子のマネジャーらもメンバーでした。当時は金がありませんでしたが、“ボンビー会”でよく遊びました。みんな純粋であのころが一番楽しかった」 その一方で、山田は番組で輩出した男性アイドルグループ『アンデルセン』をデビューさせるために芸能プロ『ABCプロモーション』を設立した。 「ところが、売れた途端にメンバーの一人が結核になってしまいグループを解散したんです。そんなときでした。ジョニー野村とハリウッドのキャスティングプロデューサーを務める奈良橋陽子さんから『ゴダイゴをプロデュースしてくれないか』という依頼があって引き受けたんです」 ゴダイゴは、『西遊記』(日本テレビ)の主題歌『ガンダーラ』('78年)が爆発的大ヒット。次にリリースした『モンキー・マジック』『ビューティフル・ネーム』もヒットし、ゴダイゴはオリコン年間セールス1位に輝いた。 3年前に64歳で亡くなったロック歌手のジョー山中のレゲエのプロデュースも山田は買って出た。 「ジョーさんが歌う映画『人間の証明』('77年)の主題歌がヒットした直後、彼はクスリに手を出して逮捕され音楽活動休止に追い込まれた。ジョーさんがプロボクサーだったこともあって、当時の金平ジムの金平正紀会長から『ジョーの面倒をみてくれないか』と紹介された。ジョーさんが『レゲエをやりたい』と熱望したんで、本場のジャマイカまで行かせたんです」 筆者は山田からジョー山中を紹介され、自叙伝『証永遠のシャウト』を出版プロデュースした。彼の訃報を私に知らせくれたのも山田だった。 「ジョーさんは亡くなる前に僕に電話をかけてきて、出ない声を振り絞って『もしもし』と3回繰り返した。死ぬ前にお礼が言いたかったんだと思います。まじめで礼儀正しい男でした」 その後、山田は演歌歌手の大月みやこのプロデュースも依頼された。 「『大阪ごころ』から3曲。それが『女の港』('83年)の大ヒットにつながった」 島倉千代子を『人生いろいろ』('87年)で再起させたのも山田だった。 「この曲はTBS系ドラマ『三どしま』の主題歌だった。ハマクラさんが作曲し、『歌まね合戦スターに挑戦』審査員をやって仲良くなった作詞・作曲家の中山大三郎さんに作詞を頼んだのです」 中山氏が付けてきた歌のタイトルは『笑いばなしにして』だった。 「歌詞の内容は酒で憂さを晴らす女だったが、お千代さんは酒を飲めない。勝手に詩を変えて、歌のタイトルも『人生いろいろ』にした。その中山さんも9年前に64歳の若さで亡くなった。善い人は、なんで早く逝ってしまうんでしょう」
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
“プライベートより仕事”で一気に勝ち組になった 田中みな実
9月一杯でTBSを退社する田中みな実アナ(27)が大方の予想に反し、“勝ち組”として名乗りを上げることになりそうだ。 「勝ち組の中でも超ハイクラスです。TBS時代の年収は税込みで1800万円。しかし、フリー転身することで一気に10倍も夢じゃなくなってきました」(芸能プロ関係者) なぜここに来て、勝ち組セレブアナの仲間入りを果たすことが出来たのか。鍵は所属事務所にあるという。 「田中が契約を結んだのは宮根誠司や羽鳥慎一などの人気アナが所属する事務所『テイクオフ』。同事務所は芸能界きっての実力者が後ろ盾となっており、キャスティングの際にはかなりの無理強いが利くことで有名なんです。当然、仕事の量もハンパじゃない。しかも手数料は高額で、ギャラから半分以上も持っていかれてしまう。しかし、それらを上回る仕事が約束されているんです」(事情通) どうやら田中は、プライベートを犠牲にすることを条件に事務所を選択したという見方がある。事実、この10月からフジテレビで新番組『ニュースな晩餐会』に、フリー後初のレギュラーMCとして出演することが発表された。 「驚いたのは、退社したばかりの翌月にフジのゴールデン帯でレギュラー番組を持つこと。民放キー局の常識では絶対にあり得ないことです。羽鳥も日テレからテレ朝に横滑りしている。しかも、パートナーはアンジャッシュの渡部建、共演者は歌手で俳優の美輪明宏と超豪華な顔ぶれです。フジの期待を一身に背負っているのがわかります」(関係者) 当然、気になるのは田中のギャラ。 かなりの低価格で手を打ったと思いきや、そうではないようだ。 「一本120万円。渡部は70万円、美輪さんが100万円。これも事務所あってのこと」(芸能プロ関係者) 秋以降、CMの仕事も数本決まっているという田中。休みは年内に一日もないという。 すでにオリエンタルラジオの藤森慎吾との破局説も飛び交っている田中。女の幸せよりも仕事を選んだようだ。
-
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
芸能人のファンも後押しで注目 宮沢りえが本格官能女優に鞍替え
最近のドラマや映画プロデューサーの間で注目を浴びているのが、女優の宮沢りえ(41)。すでにバラエティー番組やドラマからの出演オファーが殺到し、年内のスケジュールはパンパン状態だという。 「人気の理由の一つは、ギャラが超リーズナブルなこと。ドラマは主役級で一本120万円、バラエティーに至っては本業でないという理由から50万円。映画は露出度にもよるが、濡れ場ありきで700万円。彼女のキャリアを考えれば、2〜3倍になっても不思議ではありません」(事情通) ギャラの安さ以上に評判になっているのが“エロエロフェロモン”。11月に公開される映画『紙の月』で披露した艶技がとにかくエロいと、業界で大評判になっている。 「この映画で宮沢は本格“官能女優”に鞍替えしたとされている。現に宮沢のエージェントを名乗るプロデューサーは『今後も企画や条件次第では過激濡れ場も厭わない。巨乳やお尻の露出も考える』と、テレビ局や映画配給会社に熱心に営業を掛けている」(芸能プロ関係者) 宮沢のフェロモンに魅了されているのは、制作スタッフだけではない。芸能人もまた、その虜になっているのだ。 「一番手に名前が挙がるのがタモリ。この10月からスタートする『ヨルタモリ』(フジ)に出演することが内定した宮沢ですが、タモリの指名があったという話もあります」(関係者) 実は、宮沢が制作スタッフにモテモテの理由がここにある。 「共演者が宮沢だと意外な大物が釣れる。しかも信じられないような金額で。噂ですが、『ヨルタモリ』のタモリのギャラは一本80万円。最盛期の4分の一の額なんです」(制作関係者) 宮沢はどこまで化けるか。
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
プロフェッショナル巧の格言 山田廣作(音楽プロデューサー) 「歌はメッセージだ」イジメ撲滅の思いを音楽に乗せて(3)
また山田は業界の陰湿なイジメにも徹底的に戦ってきたことから“音楽業界のマイク・タイソン”とも称賛された。 「テレビ局のプロデューサーに、プロダクションやレコード会社の社員が必死にレコードを持って売り込みのために日参する。プロデューサーはふんぞり返って話を聞くどころか、レコードをその場でゴミ箱に捨てる。許せませんでしたね。鉄拳制裁を加えたことは何回かありました」 盲目の歌手・竜鉄也が歌った『奥飛騨慕情』('80年)。マネジャーは当時のフジテレビの人気歌番組『夜のヒットスタジオ』に出演させるため、プロデューサーH氏に日参した。 「H氏は目が見えない歌手を出演させると『テレビ画面が暗くなる』と侮辱したんです。その話を聞いて、差別するのは絶対許せないとフジにすっ飛んで行き、H氏に鉄拳制裁を加えました。もちろん、逮捕されるのは覚悟の上。これまで一度も逮捕されなかったのは、相手が非を認めたということですよ」 “歌はメッセージ”と主張する山田は「音楽で文化交流」というテーマにも積極的に取り組んできた。 天童よしみの大ヒット曲『珍島物語』('96年)も中国・韓国との文化交流のために作られたものだ。 「実は、この曲は“ムード歌謡の女王”松尾和子さんが『歌いたい』と熱望した曲なんですが、自宅で階段から転落して事故死。テイチクから天童のプロデュースを頼まれたんで、彼女がレコーディングすることになった。演歌ではないから『コブシを回すな』と注意したんですが、なかなか直りませんでしたね(笑)。また、珍島は大ちゃん(中山氏)が離れ離れになった家族がいつか一緒になれるように願いを込めて作った歌なんです。その珍島が観光旅客船のセウォル号沈没事故で有名になるなんて。大ちゃんも悲しんでますよ」 山田・中山コンビは『珍島物語』の前にも、中国との文化交流で『無錫旅情』『大連の街から』という曲をリリースしている。 「僕も大ちゃんも無錫市から名誉市民の称号を貰った。かつては風光明媚だった無錫市が、今では公害の町になっている。寂しい話です」 同コンビは国交がない北朝鮮との交流を図るために、『すばらしき金剛山』('91年)を制作している。 山田と親しいテレビ関係者は「会長は文化交流もさることながら、米国のケネディファミリーが年1回主催するゴルフコンペに日本人でただ一人、招待されている」と証言する。 「'98年にケネディフアミリーの一員が日本に環境問題の公演で来日した時に知り合った。その後、僕が渡米した折、エセル(ロバート・ケネディの)夫人を紹介された。その際、『マイネームイズ、タイガー・ウッズ』と名乗ったのが気に入られたみたいです(笑)」 歌によるイジメ撲滅、文化交流はこの先も続く。やまだ・こうさく1941年鹿児島生まれ。ゴダイゴ『ビューティフル・ネーム』など、手掛けた音楽プロデュース多数。海外で文化交流にも貢献し、昨年イジメ撲滅をテーマにしたピーター・ヤーロウ『決してあきらめないで』を発表。
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
鈴木京香 同棲相手の大河ドラマ出演をねじ込む“糟糠の妻”
先頃放送された『迷宮TRANOVEL〜太宰治「走れメロス」と中期短編集〜』(BS日テレ)で案内役を務めた鈴木京香(46)。 「太宰ゆかりの山梨県甲府市や東京都三鷹市を歩き、作品を朗読していました。彼女は太宰のファンだそうです。そういえば、女にちょっとだらしなくて優しいところが、今の彼氏に似ているかもしれません」(芸能関係者) “最後の大物独身女優”と言われて久しい京香。最初の結婚相手と取り沙汰されたのは堤真一だった。 「もう、14年ほど前のことです。その後、堤は16歳年下の女性と結婚しました」(芸能記者) 余談だが、京香と深津絵里は“共演NGリスト”に入っているという。 「深津も、かつては堤と噂になったことがあるからです。どの局もブッキングを避けていますが、堤は結婚したし、京香も長谷川博己という男がいるのだから、もうこのNGリストもいいかげん“時効”でしょう」(ドラマ制作スタッフ) 話を本筋に戻そう。 堤のあと、真田広之とのラブフェアを経て辿りついたのが、目下の恋人・長谷川博己。'10年のドラマ『セカンドバージン』(NHK)で共演し意気投合した。 「NHKらしからぬ、2人の濃厚なベッドシーンが話題を呼びました。濡れ場の最中、ずーっと長谷川は勃起していたようです。翌年、映画化もされましたが、2人の相性はバッチリ合っていたということです」(ドラマ関係者) '12年夏、“合カギ同棲”が報じられ、昨年夏頃から結婚情報が飛び交うようになった。 「今年の正月、一部スポーツ紙が結婚をデカデカと報じたように、いつ入籍してもおかしくありません。オフには、長谷川の絵の私的なヌードモデルをしているというし、ラブラブです」(芸能記者) しかし、今のところ“吉報”は聞こえて来ない。 「長谷川としては、俳優として何か勲章のようなものをゲットしてから結婚したいという思いが強いようです。いつまでも名前の前に“鈴木京香の”と付くのが嫌みたいなんです」(テレビ関係者) そこで京香が動き出した。 「'16年のNHK大河ドラマは堺雅人主演の『真田丸』ですが、これに長谷川を出演させるべく画策しているのです」(芸能関係者) 脚本は三谷幸喜氏。京香の出演は、すでに内定しているという。 「京香は映画でもドラマでも三谷作品の常連。『真田丸』では、お市の方の娘で秀吉の寵愛を受ける淀殿を演じる予定です。かつて、三谷氏が京香をモノにしようとして、よく起用しているとの怪情報が流れたこともありました」(芸能記者) そんな三谷氏に、京香は長谷川との共演をお願いしているというのだ。 「しかも、“いい役者がいます”と直筆の手紙を三谷氏に送ったというのです。この大河の撮影が終わったら、今度こそ結婚する気でいるようです」(同) すでに言動は糟糠の妻。
-
芸能ネタ 2014年10月09日 00時00分
奥様を味方に付け、本もディナーショーも絶好調 俳優業よりクッキングに救われた 速水もこみち
俳優業が鳴かず飛ばずだった速水もこみち(30)が、趣味で始めたクッキングの方が本業と言われるほど稼ぎまくっている。 「タレント業の年収は恐らく3000万円程度。一方、副業のクッキングに関連するビジネスは大成功で、ウン億円の売り上げを記録しているんです」(事情通) 日テレの『ZIP!』内で得意の料理の腕前を披露するコーナー『MOCO'Sキッチン』が大当たりしたのが3年前のこと。 「当時はモデルもイマイチ、ドラマの主演作も次々と大コケして真剣に芸能界引退を考えていた。そんな時に売り込みを掛けられたプロデューサーが、趣味は料理というもこみちのPRに着目。人気が出なければ一週間で打ち切りの条件で始まったのが『MOCO'Sキッチン』だった」(制作関係者) 半ば番組の尺を埋めるために始まったコーナー企画だったが、予想に反し人気はうなぎ上り。最盛期は、主婦がコーナーをオカズに一人エッチに励んでいるといった噂話まで飛び交う人気になったのだ。 「番組から派生した料理のレシピ本はシリーズ化され、ミリオンセラーを記録した。また、番組内で開発したオリーブオイルやオリジナルエプロンも通販で飛ぶように売れ、ウン百万円の利益を上げている。日テレもウハウハですよ。おまけに8月にはプロデュースしたフライパンも完売状態。今じゃ業者が行列を作って関連グッズの売り込みにやってきます」(関係者) また、グッズ以上に大きな収益をもたらすのがイベント。もこみちがプロデュースするディナーショーや講演会などのチケットが、飛ぶように売れるという。 「11月30日には徳島で『ディナー&トークショー』(1万5000円)が、12月13日には神奈川県で『ランチ&トークショーat箱根小涌園』(1万5000円)、12月16日には岡山県で『クリスマスディナー&トークライブ』(1万8000円)がそれぞれ開催される。どの公演も、1万円超するチケットが売り出しと同時に予約が殺到しほぼ完売状態なんです。この上がりだけで数千万円になるそうです」(関係者) 憧れのもこみちに会えるとあって、『ZIP!』の視聴者や主婦層を中心に女性ファンが殺到しているのだ。もっとも、この人気が呼び水となり副業、いや本業である俳優業にも恩恵があるという。 「NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』の出演を皮切りに、今度はドラマ『地獄先生ぬ〜べ〜』(日テレ)で準主役に抜擢された。主婦層の支えがあったからです」(関係者) 芸は身を助くと言うが、後にも先にも料理に救われた芸能人はもこみちオンリーか。
-
-
芸能ネタ 2014年10月08日 19時00分
中村獅童いよいよ結婚へ 来年1月3日入籍濃厚
歌舞伎俳優の中村獅童(42)が結婚へ向けて、内輪で具体的な日取りの検討を始めたようだ。 9月末に米国アパレルメーカーのイベントに参加した中村は「(彼女と)一緒に洋服を見に行って選んだりしています。この洋服は、着心地がいいしスポーティー」と、メーカーを持ち上げることを忘れず、彼女を引き合いに出し、結婚についても「(家庭を)持ちたいですね。まだ、母の喪中でもあるので、来年出来るといいですね。一生懸命精進していいお知らせが出来れば」と、珍しく口にするほど上機嫌だった。 具体的な話はでてこなかったが、獅童の中ではキッチリと結婚が決まっている口ぶりだ。獅童が元モデルの足立沙織さん(29)と出会ったのは、足立さんが勤務する都内のアクセサリー『クロムハーツ』の専門店だった。買い物へ行った獅童が、店にいた沙織さんに一目惚れ。それから毎日のようにメール攻勢をした努力が実り、4年前に交際が始まった。それから交際は順調に進み、3年前から神奈川の湘南で同棲生活を始めている。 獅童の母で、昨年12月に心不全で突然亡くなった小川陽子(73)さんも沙織さんを可愛がっていたし、『歌舞伎のしきたり』を教えることを楽しんでいた様子があった。 「お母さんは、沙織さんを連れて楽屋に来たこともたくさんあった。息子の嫁にしたいと決めていたようだし、早く花嫁姿を見たいと思っていたようですよ」(歌舞伎の裏方) しかし、壮絶な闘病生活を送っていた中村勘三郎さん(享年57)が急性呼吸窮迫症候群で亡くなったことによって、結婚のタイミングがズレてしまう。獅童が常々、勘三郎さんのことを“兄さん”と慕っており、「勘三郎さんの喪があけるまで結婚は待つ」と心に誓ったのだ。 その喪が開けて、いよいよ結婚の話し合いに…という2012年12月。今度は最愛の母を亡くしてしまう。これで、また結婚が延びてしまった。しかし、ここへきて二人の結婚の日取りが具体的に計画されているらしい。 「婚姻届を出す日と挙式は、スケジュール的に別の日になるようですよ。獅童さんは、沙織さんが30歳になる前に結婚をしたいと決めているようです。待たせてしまった責任を感じているようですから」(歌舞伎関係者) 来年の1月4日が沙織さんの30歳の誕生日。獅童はその一日前に婚姻届けを出す予定だという。そして披露宴。しきたりを重んじる歌舞伎の世界では、仲人をたて、結納を行い、披露宴を開くことも重要な行事だ。 「いま、6月挙式で調整していることは事実。仲人さんも決まっています。後は会場ですね。ホテルは、中村家ですからそれを考えていただければ。陽子さんの嬉しそうな顔が浮かびますよ。沙織さんを嫁に迎え入れることを本当に楽しみにしていましたからね。『息子がいい娘を見つけてくれて』とも言っていましたよ」(松竹の幹部) 結婚を機に、やんちゃだった獅童が歌舞伎界を背負っていくことになるのは間違いない。
-
芸能ネタ
安達祐実 前夫と復縁前に田畑智子超えのヘアヌード
2011年12月09日 14時00分
-
芸能ネタ
本誌連載担当編集者が語る 立川談志の“豪放磊落人生”
2011年12月08日 14時00分
-
芸能ネタ
マギー司郎「童貞は舞台に立たせない」
1990年12月15日 12時55分
-
芸能ネタ
中居正広がクレカ被害、詐欺師に対し「可哀想」
1990年11月15日 11時21分
-
芸能ネタ
a
1980年09月26日 22時06分
-
芸能ネタ
a
1970年09月27日 12時20分
-
芸能ネタ
a
1970年09月26日 22時43分
-
芸能ネタ
a
1970年09月26日 22時28分
-
芸能ネタ
a
1970年09月26日 22時10分
特集
-
【独自】元ザブングル松尾陽介、沖縄で芸人のセカンドキャリアサポート 芸人引退に「心境の変化」
芸能ニュース
2025年04月28日 19時03分
-
【独自】YouTuberゆたぼん、短期間留学で“自分に勝つ” 昨年のホリエモン、DAIGOとのレスバの思い
芸能ニュース
2025年04月18日 20時55分
-
-
【独自】MEGA BIG2億円当選者・造船太郎、“楽して”儲けたい 興味はNHK党への出資が0円になるか3億円になるか
社会
2025年04月21日 18時25分
-
カラテカ入江慎也、闇営業で得た教訓は「人と人をつなぐ怖さ」 反社の見極め方は「金の使い方」
芸能ネタ
2025年06月01日 12時00分