夫の運転する愛車に乗り、いつものルートをドライブしている。
夫との会話が止まり、いつもとは何かが違う沈黙が車の中に満ちていた。
大きな農家が多い場所で、古い蔵や古い家が立ち並ぶ田舎道。町と言うより村の風情があった。
座敷わらしか何かが飛び出してきそうな雰囲気がある。
なんとなく黙ったまま話題も見つからず、私はヘッドライトに照らされた家並みを見つめていた。
と。その時。
前方、二車線対向の中央線の付近に、人影があった。
夜の闇に溶けそうな色の、フード付きローブを着た人影。
黒なのに存在だけが夜の闇に浮き上がったように見えて、私はその影に視線がくぎ付けになった。
次の瞬間。左側にも一つの人影。そして人影の横には白と黒の提灯がぶら下がっていた。
私は中央線付近にいる影に車がぶつかると思い身構える。
目は影達から離れない。影は車の両脇ギリギリをすりぬけていく。
そして私は左側の一人と目があった。
ただ吸い込まれそうな虚無としか形容のしようのない闇が満ちている。目らしきものは見えなかった。
私は数々の霊を見てきた。なんとも言いようのないものも見てきた。
それらには魂が感じられた。しかしこの影達には魂がない。感情もない。
それが巻き起こす感情は混乱と恐怖。パニックになりかけた私は後ろを振り返った。まだ影はある。
「見た?」
夫の暗い声に我に返る。
「あれ何?あれ魂なかったよ。あれ何なの」
悲鳴に近い声を上げた私に、夫がつぶやいた。
「葬式の家の前にいたこととか、四人(死人)いたこととか考えると死神かな。紅い光が服の中で目のように光っていたよ」
死神。死者をあの世に導くそれに魂がないのは、当たり前なのかもしれない。
案内者に魂は必要ないのだから。
あれは私が死ぬときに魂を狩りに来るのだろうか。鎌は見えなかったが、今も思い出すと恐怖がよみがえってくる、ただ一度の経験である。
(立花花月 山口敏太郎事務所)
参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou