そう高らかに歌い上げ、インターネット上で大ブレイクした人間がいる。「青森最後の詩人」を名乗るひろやーだ。彼が作詞・作曲した楽曲が動画サイトにアップロードされ、そのストレートなメッセージが話題を呼び、現在は60万を超える再生数を記録している。
多くの動画が100の再生にも満たずに埋もれていく中で、これはかなり異例のことだ。冒頭の「オリオン座の下でセックス」と何度も復唱する「新町」という曲のほかにも「お金をください ジュースが買えるだけ」と歌った曲などが多くの共感を集めている。今、若者の間で新しいカリスマが生まれようとしているのかもしれない。
普段は青森駅近くで弾き語りをやっている彼だが、現在は「アルバム発売記念」と銘打ったツアーを敢行している。11月18日、東京で行われるワンマンライブに潜入してみた。いったいどんなライブをやり、どんな人間が彼を支持しているのか? ちなみにアルバムが発売したのは2008年11月7日。二年前である。
ライブ会場があるのは演劇の街、下北沢。駅を一歩出ると表現をしたい若者たちが数多く行き交っている。その一角にあるライブハウスでひろやーは今晩、ワンマンライブを行う。東京では初のワンマンらしい。
会場にはこのライブのために青森から駆けつけたという人や、五年ほど前からひろやーの活動を応援しているという人もいた。オープニングアクトの津田小唄やゲストのサイケデリック市川の弾き語りが終わると、会場の雰囲気が一変した。それまで開演までの待ち時間やライブの合間にはハードロックが流れていたのだが、急にロックバンド「ラルク・アン・シエル」のボーカル・hydeが歌うメロディアスなバラードへと変化したのだ。
切なく甘い声が流れるなか、ひろやーは登場した。時代錯誤に思えるベルボトムジーンズを履き、レンズの大きなサングラスに腰まで届く長髪。その姿はロックンロールが一番熱かった時代、ロックがカウンターカルチャーだった時代のヒッピーを思わせる。傍らのテーブルにはコーラとタバコの箱が置かれている。
一曲目に演奏したのは「ハードコアの流れる喫茶店」。彼の実家である喫茶店を舞台にし、コミュニケーションの齟齬、難しさを訴えるハードな曲だ。それから冒頭でも引用した「新町」を歌い出す。
ワンマンライブだからか彼は終始上機嫌で、「今日は自由な日」「何をしてくれてもいい」と観客に語りかけ、「私語してくれよ!」と声を張り上げた。そして何度も「新町」を演奏した。
演奏の合間、彼は何度もタバコを吸った。「タバコは身体に悪い」と言いながらも何度も吸った。そこからは彼の哲学が垣間見える。「命を絶つな 病原菌やウィルスでさえも尊いのだ」と歌いあげる「生き物係」や「戦争の事を思うと炭酸が効いてくる」という歌詞の「コ○コーラの詩」からもそれは伺える。そこには彼独特の倫理観がある。
ライブのクライマックスでは「俺がセックスという概念そのものなんだよ!」と叫び、それに応えるかのように観客たちはライターを灯し、頭上に掲げだした。そして、会場と一体になりながら「したい したい性交渉 オリオン座の下でセックス」と何度も何度も歌った。ライブを通して合計171回。その夜、彼は間違いなく東京、いや日本で一番「セックス」と叫んだ男だった。
かつてアメリカのスタンダップ・コメディアンであるレニー・ブルースはネタ中に卑猥な言葉を口走ったことで投獄された。世が世ならひろやーもその立場だったかもしれない。この日、たしかにライブ会場は私語をしてもコーラを飲んでもいい「自由な空間」だった。
筆者は多忙な彼に無理を言って簡単なインタビューを試みた。彼は質問に一語ずつ慎重に話す。タバコを吹かしながら。
ギターを初めて握ったのは15歳のとき。好きなロックバンド「ラルク・アン・シエル」のコピーバンドを組んだりしていたが、18歳のときにオリジナル曲を制作する。それが「新町」である。なぜあのような曲を作ったかについては「思考が宇宙を一周した」と答える。
動画サイトでブレイクしたことによって「ブログのアクセス数が50倍になった」という。また、彼の楽曲はネット住人によって勝手にアレンジが作られていたりするが、「それを勝手に売ろうかと思っている」と話す。元はひろやーの楽曲だが著作権的に複雑なところだ。
今後の活動については「バンドを組みたい」とのこと。「青森最後の詩人ひろやー」というバンドを組みたいというのだ。
「今後、青森最後の詩人ひろやーは青森最後の詩人ひろやーのボーカルとしてやっていきます」
鋭い眼光で彼はそう宣言した。
文 菊池良 写真 池田恭一