『ブルース』 桜木紫乃 文藝春秋 1400円(本体価格)
ポルノ小説集ではない。しかし全8話、明らかに性の描写が盛り込まれた連作短篇集である。そして男性読者であれば、直接的な興奮はあまり得られないかもしれないが、女性なるものにぎりぎりまで接近するような快感に浸ることができるだろう。
主舞台は北海道・釧路である。各々の話は異なる女性が視点の中心人物になっている。だが、皆が同じ男に抱かれるのだ。影山グループ代表・影山博人。心筋梗塞で生涯を終わらせる。享年52。この男に女たちは抱かれ、他の男からは絶対に得られない悦楽に身を打ち震わせるのだ。
もちろん先に書いたように、影山が視点の中心人物になることはない。常に女から見られる存在だ。そして、それぞれの話で彼が同じ年齢というわけではない。第1話『恋人形』では中学生なのだ。その後ページをめくっていくと20代、30代の彼が登場する。仕事は一定していない。だが明らかに裏社会の深部に入り込み、地方政治における権力を我が手にしようとしていることが読んでいてわかるのだ。
中学生時代の彼は貧困地帯で生まれ育った少年である。狭い長屋に独りで住んでおり、両親がどこにいるのか傍目からはわからない。しかも彼は両手それぞれに指が6本あるのだ。貧しくかつ通常とはいえない身体を持つが故、学校ではさげすまれ、自身も無口に他人との交流を遮断している。そして染物店で機械を動かす職人となり、女に肉体を売るようになり、金融トラブルをまとめる才覚を持つようになり…。
全8話から浮かび上がってくるのは、底辺を脱するために手段を選ばず生きた悪の成功ストーリーだ。その悪に女たちが抱かれる。男も女もまっとうな生活を守りつつも、悪の幻想に惹かれることが多い。この奇妙でアンバランスな感情を描き切った短篇集だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
【昇天の1冊】
男の“妄想”をもとに女性との出会い、初デート、2人きりの旅行、そしてプロポーズ、結婚、子作りに至るストーリーを、事細かにつづった書籍があった。
しかも、あたかも彼女との日常を写真付きで紹介し、何とも幸せそうな恋愛物語の体裁を取っている。それが『妄想彼女〜頭の中で作りあげた僕の恋人』(鉄人社/1200円+税)だ。
著者の地主恵亮氏はウェブ・ライター。冒頭に「私はモテない。モテるやつらは勝ち組。だが私も周りからモテているように思われたい」と告白。そこで彼女とのデートを撮影したかのような画像を偽造し、自慢したいと考えたらしい。
さあ、そこからは苦労の連続。自分の指にマニキュアを塗り、自らの顔を触って自画撮り。写真は、まるで彼女が地主氏の肌を撫でているように見える…。または女性用ウィッグ(かつら)を優しそうに抱きしめ、頭頂部だけを撮る。すると、いかにも恋人と抱擁し合っているように写る…。そんな“幸せ”をひたすらネット上にアップし『彼女と飯なう』というわけである。
英国・ガーディアン紙が「世界で最も気持ち悪い男ランキング第1位」として称賛(?)したという笑撃内容のオンパレード。そして、嘲笑した後、実はネットに無数に転がっているどこの誰ともわからない男の恋愛手記が、こうした“捏造”によって成立しているのではないかという疑問も抱いたりする。
非常にバカバカしい内容ではあるが、なぜかこちらも幸せな気分になれる。そんな1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)