レスリングは1896年のアテネでの第1回五輪で実施された8競技のうちの一つで、歴史と伝統ある世界的に普及した競技であるだけに、大きな違和感は禁じ得ない。
日本にとって、レスリングはお家芸で、過去金メダルを男女合わせて28個獲得。獲ったメダルの総数は62にも及ぶ。先のロンドン五輪では、男子フリースタイル66キロ級の米満達弘、女子フリースタイル63キロ級の伊調馨、同55キロ級の吉田沙保里、同48キロ級の小原日登美が金メダルを、男子フリースタイル55キロ級の湯元進一と、男子グレコローマン60キロ級の松本隆太郎が銅メダルを獲得している。
中核競技から除く1競技の選定は、IOCのジャック・ロゲ会長を除く14人の理事により無記名で投票。1回目の投票ではレスリングと近代五種が各5票、ホッケーが2票、テコンドーとカヌーが各1票だった。以降、この5競技に絞り、過半数を取る競技が出るまで、最少得票の競技を除きながら繰り返し投票を実施。最後の4回目の投票でレスリングが8票と過半数となり、近代五種とホッケーは各3票だった。
選定基準は世界的普及度やテレビ放送、スポンサー収入など39項目を分析した報告書を基に、理事会が判断したとされるが、明確な理由は明らかになっていない。
20年五輪では中核競技に選定された25競技に、16年リオデジャネイロ五輪から採用されるゴルフ、7人制ラグビーに加え、残り1競技が入る。その1枠はレスリングの他、復帰を目指す野球と女子ソフトボール、空手、武術、スカッシュ、ローラースポーツ、スポーツクライミング、水上スキーのウエークボードの8競技のなかから、5月の理事会で候補を1または複数に絞り込み、9月の総会で決定する。皮肉なことに、日本オリンピック委員会(JOC)が強力に復帰を推進する野球と女子ソフトボールが、レスリングと1枠を懸けて争うことになってしまった。
ただ、IOCでは大会の活性化のため、競技の入れ替えを進める方針で、理事会で評価の低いレスリングの存続は極めて厳しい情勢とみられている。
五輪には欠かせないと思えるレスリングがなぜ、除外されてしまったのか? IOCがまとめたロンドン五輪実施26競技の評価報告で、レスリングは低い評価だった。ロンドン五輪での人気度は10段階の5を下回り、テレビ視聴者数やインターネットのアクセス数、メディアによる報道も少なかったと判定された。
IOC委員や理事の出身国も影響したとみられる。レスリングが強いのは東欧、中東、米国、日本といったところで、IOC委員の3割強がレスリングの普及が遅れている西欧出身。ロゲ会長を含む理事15人のうち、9人は欧州出身だが、レスリング強豪国の出身者は一人もいない。
当初、除外されるのは近代五種かテコンドーが有力ともいわれていたが、両競技の関係者が理事のなかにおり、ロビー活動(政治的な働きかけ)にも熱心に取り組んだ。次期韓国大統領の朴槿恵(パク・クネ)氏は韓国発祥のテコンドー存続のため、ロゲ会長に直訴もした。一方、レスリングは「除外されるはずがない」との慢心から、ロビー活動はしていなかった。
むろん、政治的背景だけではない。五輪の商業主義化も、大きな要因だろう。IOCは国際レスリング連盟(FILA)に対し、これまで、男子で実施しているグレコローマンが「動きが少なく見映えしない」点や、ルールの複雑さを指摘してきた。つまり、「テレビ向きではない」ということだ。
すなわち、競技自体が見ていて、面白みに欠けルールも難解とあれば、世界的にスポンサーも付きづらく、チケット販売収入、放送権の獲得や、その権料の金額にも影響する。早い話、商売になりづらいレスリングが、除外されたということだ。強豪国の日本国内でさえ、注目度が高かった吉田沙保里や浜口京子の出場試合こそ、視聴率も高かったが、その他の選手の出場試合は低かったのが現実。
とはいえ、レスリング以外にマイナーで、ビジネスになりづらいような競技は多数ある。それなのに、なぜレスリングが除外なのかとの疑念は尽きないが、IOCで決まったことは、もはや覆せない。
復帰を目指す野球は試合時間が長く、テレビ放送に適さないため、7回制にすることを検討するなど、なりふり構わぬ姿勢を見せている。レスリング以外の7競技は、すでにロビー活動を始めており、レスリングがこれから開始しても立ち遅れは否めず、劣勢となるのは間違いなさそうだ。
(落合一郎)