設楽が東京マラソンで使用したシューズは、米ナイキの『ズームヴェイパーフライ4%』。この厚底靴が勝利につながった一つの要因と言われた。
「『ズームヴェイパーフライ4%』は、ナイキが“2時間切り”を目標に昨年に開発したシューズ。これまでのマラソン上級者のシューズは薄底というのが半ば常識でしたが、かかと部分が薄底より約1センチ厚い33ミリ。いわば、設楽が結果を残したことは、メーカーにとってこれまでの常識を覆した出来事だったのです」(業界関係者)
このシューズのソールにはカーボンファイバーのプレートが埋め込まれており、推進力を高める効果もある。そのため一部では「ドーピングシューズ」「ジャンピングシューズ」と揶揄する声もあったが、国際陸上競技連盟の規定には違反しない。
さらにこのシューズは、大迫傑選手(ナイキ・オレゴンプロジェクト)が昨年暮れの福岡国際マラソンで2時間7分19秒(日本歴代5位)で3位となった際にも、注目を集めている。
これで陸上長距離におけるシューズ戦争はナイキの独走かと思われたのだが、それほど甘くはない。例えば、同じ米ボストンを拠点とするメーカー、ニューバランス(NB)は、今年からシューズ職人の三村仁司氏とパートナーシップ契約を結び、反撃に出ている。
「三村氏は国内の大手スポーツメーカー・アシックスのカリスマシューフィッターで、高橋尚子や野口みずきらも絶大な信頼を置いていた人物。三村氏は定年退職して独立後、ドイツのアディダスと専属契約を結び、そのアディダスは箱根駅伝4連覇の青山学院大をサポートした。ところが、アディダスが出す『ブースト』ブランドを巡って意見の食い違いもあり、両者は袂を分かつことになったところへ、NBが三村氏を引き抜き、新シューズ作りに乗り出したのです」(スポーツ紙記者)
三村氏製作のシューズは、今年1月の大阪国際女子マラソンで優勝し、東京オリンピック女子マラソンの有力候補として躍り出た松田瑞生選手(ダイハツ)が使用しており、さっそくNBの戦略が当たった格好だ。
「今年の箱根駅伝では、東洋大の多くの選手がナイキを使用して往路優勝、さらに総合優勝の勢いもあったが、アディダスがサポートする青山学院が逆転優勝した。選手たちのデッドヒートの裏で、スポーツメーカの競い合いも熾烈なのです」(同)
フルマラソンの大会や箱根駅伝は、メーカーにとって大きな宣伝の場となる。ましてや、使用した選手が好成績を収めれば、ネット上などでも“どこのメーカーの何のモデルを使っていたか”は大きな話題となり、一般ランナーはこぞってそれを買い求める。
「日本のランニング人口は'16年で約893万人。うち500万人弱が大会などに出場する意欲もあるランナーと言われている。ピーク時('12年)と比較すればジョギング人口自体は少々減ってはいるのですが、逆にシューズにこだわりを持ったコアな層は増えている。それは、'16年の市場が約700億円と、'13年より25%増であることからも分かります」(前出・業界関係者)
東京五輪へ向けて海外勢のシューズ攻勢がさらに強まる中、国内大手スポーツメーカーも当然、対抗策をとる。
「ミズノは、売上増のために、ショップなどで初心者や中級ランナーなどの裾野の拡大に努めている。例えば、足の形状、足圧を専用機器を使って測定し、専門スタッフが個人に合ったものを提案。さらには、皇居周りを使用した初心者イベントなども積極的に行っています」(スポーツ用品販売店関係者)
一方のアシックスは、前身のオニツカシューズが'64年の東京五輪で銅メダルだった円谷幸吉に貢献した実績をアピールする。
「ミズノやアシックスは、幅広、甲高の日本人の足を知り尽くしたランニングシューズづくりの自負を持つ。上級者向けだけではなく、中高年層も含めた日本人のランニング愛好家をターゲットに、裾野を広げたいという考えです。その点では、大きな大会で成果を上げ販促に活かしたい海外メーカーと入り口のすみ分けはできていますが、最終的には一般ランナーが手に取るかどうかの勝負でかち合うことになる。日本のメーカーがどこまで海外勢を食い止めることができるか、勝負はこれからです」(同)
果たして、どのメーカーがスパートをかけることができるか注目だ。