延長12回終了時に同点の場合、同13回以降は、無死一、二塁、前イニングの継続打順で攻撃をスタート――。
前イニングの攻撃が7番バッターで終了した場合、6番バッターが二塁走者、7番バッターが一塁走者、8番バッターが打席に立って試合再開となるわけだ。国体、秋の明治神宮大会ではすでにタイブレーク制(延長10回から)が導入されており、“経験済み”の強豪校も少なくない。現場で大きな混乱が生じなかったのはそのためだが、プロ野球スカウトは「評価基準が少し変わる」と話していた。
「無死一、二塁なら、作戦の選択肢はかなり多い。走者となった選手のリードの取り方、左投手が相手なら、一塁走者の走塁センスが問われます。守備に就く側にしても、重盗を仕掛けられる可能性がある。捕手の配球や内野手の機敏さ、バント処理のスピードが求められます。投手は牽制球を含めた守備センスがハッキリと分かるようになるでしょう」(在阪球団スカウト)
1点を取りに行く延長戦の重要な場面でもあるだけに、野球センスがあらわになるというわけだ。これまで、視察したくてもできなかった分野でもある。お目当ての選手の走塁センスに重点を置いてのスカウティングもできそうだが、こんな声も聞かれた。
「作戦の選択肢が多いということは、監督の手腕で勝敗が決まります。タイブレーク制の導入で監督人事が変わることにもなりかねません」(アマチュア野球の指導者)
高校野球の監督には、大きく分けて2通りある。一つは教諭監督、もう一つは学校職員の監督で、こちらは教員免許を取得していない。指導力が評価されての採用だから、「プロの高校野球監督」とも言える。こんな言い方は失礼だが、采配ミスで敗れた場合、進退問題に発展するのは、この“プロ監督”のほうだろう。
とはいえ、プロ野球の名将もタイブレーク制は苦手のようである。野球が公式種目だった最後のオリンピック、北京五輪(08年)で、星野仙一代表監督(当時)もタイブレーク制で試合を落としている。一次リーグ米国戦のことだ。延長11回、「無死一、二塁から始まる攻撃」で、日本のリリーフ陣が突然乱れ始めた。当時を知るNPB関係者がこう続ける。
「星野監督はご立腹でした。タイブレーク制に怒っていたというよりも、IBAF(国際野球連盟=当時)が五輪本番の2週間前になって、タイブレーク制にすると連絡してきたんです。代表チームは各球団のトップ選手を集めたものなので、彼らを預かった星野監督は事細かに指示するのを遠慮していました。相手チームがバントを使ってくるのか、エンドランなどの強攻策を仕掛けてくるのか…。守っている野手も作戦によって守備位置を変えなければなりません。結果的にそういう指示を全く出さなかったのが敗因でした」
タイブレーク制は、勝敗の責任が監督に及ぶというわけだ。
「この制度に批判的な高校野球ファンも少なくありません。しかし、同制度が定着している社会人野球のファンは、1球ごとに作戦を変える緊張感が面白いと話しています。北京五輪で急にルールを変えたのはテレビ中継のためです。試合時間が読めないのは、プロを含めた野球界全体の課題。試合時間が読めれば、テレビ中継もしやすくなります。高校野球の反響次第では、プロ野球も球宴、交流戦などで同制度の導入を検討することになるかも」(プロ野球解説者)
近年、NPBスタッフはオールスター戦や日本シリーズの地上波中継局を確保するのにかなり苦労しているという。采配能力があらわになるタイブレーク制の反響を気にしているのは、プロ野球12球団の監督のほうかもしれない。(スポーツライター・美山和也)