『言霊たちの夜』(深水黎一郎/講談社 1575円)
基本的に小説家は長編と短編の両方を手がけることができなければプロと見なされない。しかし、どちらを書くのが得意かという向き不向きはあるだろう。深水黎一郎は2007年のデビュー以降、しばらくは長編ばかりを書いていた。本格謎解きミステリーの長編作家として活躍していたのだ。ところが昨年『人間の尊厳と八○○メートル』で日本推理作家協会賞の短編部門を受賞した。同じ年に本作を表題作にした短編集を刊行し、この作家は長編だけが得意なわけではないのだと読者たちから認知され、まさしくプロとしての力量を発揮し始めたのだ。先月5月に発売された本書も短編集である。ただし収められた全4編は独立した物語にはなっておらず、同じテーマでつながっている。1冊を長編として読むこともできる連作短編集である。
言葉なるものの不確実さを痛烈に批判したギャグ小説が満載だ。『漢は黙って勘違い』は〈外務省の汚職事件〉を〈外務省のお食事券〉などと必ず聞き間違えをしてしまう奇妙な男が主人公。『ビバ日本語!』は外国人のための日本語講師が母国の違いによって生じるコミュケーションの困難さを放置したまま、でたらめの授業をしていく。大いに笑い転げること間違いなしだが、同時に作者の卓越した知性もうかがえる。言葉は必ずしも真実を伝えるとは限らない、というシニカルなテーマを持った作品集だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『2033年 地図で読む未来世界』(ヴィルジニー・レッソン/早川書房・3990円)
世界の未来を予測する際に最も重要な要素は「人口」である。その増減と分布を見ることで、エネルギー、食糧、環境、移民問題の行く末がわかる。美麗な地図とグラフで見せる高精度未来シナリオがここに!
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
月刊誌『PHP』のスペシャル増刊号。『PHPアーカイブス』(350円)と題され、かつて『PHP』に掲載された「私を勇気づけた言葉」が1冊にまとめられている。登場する著名人は野村克也、星野仙一らプロ野球関係者、先頃亡くなった映画監督・新藤兼人、ドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の脚本家・橋田壽賀子ら。
野村克也は“壁”といわれるブルペン専用捕手として、南海ホークスにテスト採用されたことが知られている。そんな野村が二軍の練習試合中に先輩から言われたひと言は、「3年でお払い箱」だった。その言葉を、野村は忘れなかった。
新藤兼人がモノにならない映画シナリオを書いていた頃、生活は困窮を極める。転職まで考えていた矢先、妻に事も無げに言われた言葉「シナリオをやめて何をするんですか?」−−。
励ましの言葉ではないが、そのひと言で日本映画の重鎮が育っていく。
言葉の重みをかみしめることのできる1冊。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)