「許可なき路上販売はやめなさい。コンピュータソフトの海賊版や偽ブランド品などの販売行為は犯罪です。【違法な行為は逮捕する!】」
JR秋葉原駅を降りて歩くこと約3分、中央大通りから1本裏に入った通称「ジャンク通り」には今でもこんな警告板が通行人を睥睨(へいげい)するかのように立っている。
「やっぱり例の無差別殺傷事件の影響でしょうね。パトカーは頻繁に回ってくるし、表には例の黄色い看板(警告板)でしょ。地元の人はここを“銀座通り”とも呼んでますけど、昔と較べたら“銀座通り”に彩りがなくなりましたね」
ジャンク通り沿いに店を構えるバラエティーショップの店員は少し寂しそうにこう嘆く。2年前なら裏DVD・プリペイド式携帯電話・キーロガー(パソコンに仕込めば押されたキーを密かに記録してしまうソフト)などヤバい商品の数々が公然と露店で売られていたのに、今では見る影もない。
08年3月と昨年暮れの大規模摘発で猥雑さが魅力であったジャンク通りは一変してしまった。
とはいえ、長年この裏通りで商売をしてきた人たちが当局の締め付けにハイそうですかと商売替えしたとも考えにくい。以前のように堂々と商売は出来なくなったにせよ、常連客には「ここに行けばやってるよ」と何らかのサインを送っているはず。それを探るべく、6月、ジャンク通りに足を運んだ。
まず付近の店で最近の露店やビラ配り事情を聞き込むが、「さあ、そういうことは分かりませんね」とどこも判で押したように素っ気ない答え。どうも当局から箝口令が敷かれているように思われた。そこで、ジャンク通りを上野方面に向かってゆっくり何往復かしてみた。
「ん?」
ジャンク通りのほぼ中央で佇立(ちょりつ)する中国人風青年の姿がどうにも不自然だ。25歳くらいの彼は繁華街のポン引きのように通行人に声をかけるでもないが、かといってショッピングをしているわけでもない。不思議に思って近づくと、無言で青いカードを手渡された。カードには「激安中古 ソフト専門店 Windows&Mac TEL:090…」とあり、紛れもなく絶滅したはずの海賊版ソフト密売グループだったのだ。
ところが、このカードだけでは何を扱っているのか分からない。そこで、商品リストを要求すると、近くにいた20代後半のボスらしき別の中国人男性が周囲を警戒しつつ植え込みの中から黒色ビニール袋を取り出し、商品リストを手渡してくれた。この警戒ぶり、まるで薬物密売である。
商品リストの商品は本当に使えるのか? チラシ片手にカードに書かれた電話番号に電話をかけてみた。
「リストには載っていなかったが、マイクロソフトのOffice2007は在庫あるか?」
と尋ねると、在庫はある、8000円だが御徒町まで来てほしいとの答え。取り締まりの厳しい秋葉原での受け渡しはやらないそうだ。
山手線に乗って御徒町に向かい、指示されたりそな銀行前で待つこと約10分。ガッチリした中国人青年が現れた。商品を渡すからついてきてくれという。連れて行かれたのは近くにある雑居ビルだ。ここに事務所があるのかと思っていたら、周囲に人がいないことを確認し、おもむろにDVDを1枚取り出した。人目を避けてのビル内売買だったのだ。
帰宅してパソコンでそのDVDを開いてみると、シリアルナンバーも記録されており、マイクロソフト社の厳重な認証システムをかいくぐって無事インストール出来てしまった。
秋葉原ではどんなに厳しい摘発を受けようともアングラ勢力はそのしぶとい生命力で戻ってくる。現在のところ、裏DVD密売の復活はまだ確認されていないが、この街には知能犯や技術犯を吸い寄せる磁力があるのかもしれない。
◎ヲタク狩りで返り討ちに!?
いまでこそ秋葉原は「ヲタクの聖地」「アキバ系」といった明るく、楽しいイメージがあるが、元々は戦後の闇市であった。
そうした歴史を持つこの街には実はヤクザが多い。
「自分も中坊の時から秋葉原に出入りしてますけど、その頃からヤクザはウロウロしてますよ。知り合いもいるんで、場所を申し上げるわけにはいきませんけど、近くに少なくとも3カ所組事務所があります」
と語るのはジャンク通りでネットワーク機器を専門に扱うパソコンショップの30代店長である。同店長が、休日に店の前の路上でセールを開こうとしたところ、「誰に許可を取ってこの通りで商売している?」とあっと言う間にヤクザが飛んできたので、屋外販売はもうやめたという。
正規にビルを借りている店舗の店頭営業ですらそんな具合だから、露店や海賊版密売グループがタダで済むはずがない。
「ジャンク通りでヤクザにお金を払わず商売するのは無理です。チンピラが露店から“本日の所場(ショバ)代”を徴収する現場を見たことがありますよ」(事情通)
ここでチラシ配りを黙認されているのはメイドくらいだそうだ。
地元の人はそうした事情を熟知しているが、気が弱くて大金を持っていそうなヲタクを狙って遠征してくるヤンキーにはそのあたりが分からない。
「この前ジャンク通りでヤクザの幹部とは知らず、当たり屋まがいの恐喝を働こうとした人がいたんです。ヤクザも上層部は外見上サラリーマンと見分けがつきませんからね。どうなったか? すぐに配下を呼ばれてもうボッコボコですよ(笑)」(前出のパソコンショップ店長)
自業自得とはいえ、何とも怖い話だ。