実はネット上では半年ほど前から、笹原氏の死去情報がかけめぐっていた。歌舞伎町の路上で倒れていたといったまことしやかな話もあり、他殺説なども取りざたされていた。そうした話が出るほど、笹原氏は毀誉褒貶のある人物であったと言える。
記事では、笹原氏が上西元議員への恨み節も口にしていたことや、死去の事実を知りながら故人の意思で公表しなかったとも報じられている。これを受け、ネット上では「上西、ひどすぎる」「しれっとネット書き込みとかしてるのが信じられない」といった非難が殺到している。
さらに、笹原氏は上西元議員の秘書となる前は、演劇プロデューサーとしても活躍していた。韓流ビジネスにも噛んでおり、韓国の男性アイドルグループJYJの情報や動画を、アンオフィシャルな形で配信し問題となったこともある。そのため、今回の死去報道には韓流ファンも衝撃を受けており、「この人悪い意味で有名人だったよな」といった声や、当初はエイベックスとトラブルになったJYJを支えるようにも見えたことから、「最初はJYJの味方してくれる人だと思っていたんだよな」といった思い出を振り返る声が聞かれた。
笹原氏が上西元議員を実質的にプロデュースしていたのは議員時代である。この時代は、ネットでは何かとお騒がせな人物として知られた。テレビ中継で、東国原英夫を「東」と呼び捨てにしトラブルになったのを始め、共謀罪反対集会に上西元議員が参加した時には、マイクを奪い野次を向ける参加者に「うるせえ、てめえら。騒いでて楽しいだろう」と暴言を吐き、掴み合いのトラブルになったことも。何かと血の気の多い人物であったのは確かであり、多くの人の記憶に残っているのだろう。