『あなたへの想い』(矢口敦子/ハヤカワ文庫JA 672円)
ミステリー小説の多くは殺人事件がストーリーの中心を担うが、そうではないものもある。1990年代前半頃、北村薫や加納朋子が確立した〈日常の謎〉スタイルが代表例である。ごくありふれた日々の中で浮かび上がる不可解な謎を解き明かすというもので、血なまぐささを排したムードが大きな特徴だ。
本作『あなたへの想い』も殺人事件は起きない。とはいえ〈日常の謎〉スタイルの仲間という感じでもない。ムードがはるかにエモーショナルで、切迫している。作者は2001年に出した『償い』がベストセラーになったことで有名だが、本作でもその筆力が存分に発揮されている。
札幌の大学に通っている女の子・明は、恋心を抱いている男子学生・真一が横浜の実家へ帰省するのに同行する。彼の母・律子が六十歳目前で病死したのだ。葬式に出るための帰省だが、彼の表情はあまりに暗過ぎる。自分は母に愛されておらず、関係を修復できないまま永遠の別れを迎えたという。母が残したパソコンに日記が残されていた。明の伯母・亜貴子は気になり、勝手に日記を読み始めた。彼女は律子と同年代。親が子を愛さないということが本当にあり得るのか、という疑問から始まって、他人の文章に没頭していく。それは自分以外の者の人生へ迫っていく行為だ。人間という存在そのものがミステリーであると実感させる小説だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『プロ野球全選手カラー写真名鑑2013』(ベースボール・マガジン社/480円)
今年はシーズン前にWBCがある。3連覇を目指す今回は、メジャーリーガー抜きの“純正ジャパン”チームだ。この名鑑を片手に応援すれば、楽しみも倍増しそう。また、話題の新人選手も多いので、開幕前の予習のためにも必見だ。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
『ダ・ヴィンチ』(メディアファクトリー/490円)は、毎月6日発売の「本」がテーマの月刊誌。新刊・既刊本をジャンル別に紹介する他、本と“世相”との関連に切り込んだ記事が特徴だ。
3月号の特集は『30代女子のためのマンガ100』。我々オヤジも気になる三十路女性を対象とした漫画について、「あなたはどのタイプ?」と題し、「青春リバイバル」「30代リアル」「今、求める男キャラ」など、キーワード別に分類し、オススメを紹介している。
きめ細かな分析や、識者(3月号では漫画家の西原理恵子が登場)へのインタビューなど、ボリュームのある特集主義は毎号読み応えがある。
この3月号を一読して感じることは、漫画は「もはや子供の愛読書ではない」という、ごくあたりまえの世相が浮き彫りになってくること。オトナの現実逃避の場となっているのだろう。
書籍の検索機能と連動した電子版雑誌も発売中。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意