ビトー・アレキサンダーの退場により、白藤龍馬と世界皇帝の対決は新たな局面に入るが、下着会社プリティでも河井前社長と川西部長の間に騒動が勃発する。凄惨なヤクザの抗争と庶民的な会社生活の二面性が『静かなるドン』の魅力である。しかし、最終章が煮詰まっている時に河井前社長のエピソードが新たに挿入されたことは露骨な引き延ばしとも受け取れる。
河井は社長時代から疫病神的存在であった。河井の走狗になって主人公・近藤静也をイジメるパワハラ上司の川西部長には小市民的苦労が描かれ、単純な悪役ではない。これに対して河井前社長は良いところなしのキャラクターである。その河井が社長を引退したことでプリティ社内の話はドタバタの中でも前向きな明るさを見せるよう になった。そこでの河井の再登場であり、予想されるグダグダ感には辟易したくなる。
しかし、そこは人気長寿漫画である。河井のエピソードをコンパクトにまとめ、長期連載が伊達ではないことを示した。しかも、鬼州組との抗争を絡ませ、ヤクザ漫画のストーリーに関心がある読者も飽きさせない。
ここでは過去の鬼神藤乃と河井のエピソードを巧みに利用する。新鮮組総長の近藤にとって昼間は会社員であることは弱点であり、かつて藤乃に攻撃された。それを今回は逆手に取った形である。さらに骨手牛昇と馬場花子の接点も生まれ、今後のストーリーにも影響するエピソードになった。
河井のエピソード落着後は怒涛の展開になる。以前から『静かなるドン』では主要キャラを惜しげもなく殺してきたが、ここでも遺憾なく発揮される。娘に誇れる生き方をしたいと言っていた暴利元成も伏線が回収されることなく、あっさり退場となった。
代わって登場したシチリア・マフィアの殺し屋の面々は、どう見ても色物のビジュアルである。鳴戸竜次や龍宝国光、斎藤始、骨手牛らの漢達と比べて強そうには見えない。それでも強敵のように見せる手腕は見事である。混沌とするストーリーから目が離せない。
(林田力)