『孤独な旅人』(J・ケルアック/中上哲夫=訳 河出文庫 903円)
小説家にとってはストーリー、キャラクター造形、テーマ等、磨いておかなければいけない技術はいくつもあるが、文体も決して侮れないものだ。世の中には小説は誰でも書ける、と思っている方も少なくないのだけれど、歴史に残っているプロフェッショナルな作品からは、書き手の文体に対するこだわりも伝わってくる。例えば以前にもこの書評コーナーで触れたことがあるヘミングウェイ。新潮文庫から出ているこの作家の短篇集の一巻目『われらの時代・男だけの世界』などをあらためて読むと、やっぱりいいなあと思うのだ。徹底的に無駄な要素を削り落とした文体。訳者の高見浩が原書の再現を追求している。
そしてジャック・ケルアックもぜひ多くの人に読んでいただきたい。アメリカでビート・ジェネレーション一派として1950年代後半に主に活躍した作家だ。彼の仲間にはウィリアム・S・バロウズ、詩人のアレン・ギンズバーグなどがいる。昨年8月にはケルアックの代表作『オン・ザ・ロード』を原作にした外国映画が日本でも公開され大いに話題を集めた。もちろんこの原作の方がよく知られているのだが、今回は短篇集『孤独な旅人』を紹介したい。ストーリーよりも文体を強調した小説と詩を混ぜ合わせた世界。この独特の個性は突出している。短篇だからこそ味わえる引き締まった文章を楽しみたい。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『中国人の常識は世界の非常識』(近藤大介/KKベストセラーズ・860円)
肌の色、漢字文化、儒教文化、主食が米…。似ているのはそこまでで、後はほとんど共通点がない中国人の「自分勝手」「サービス精神がない」「拝金主義」「大ざっぱ」「飽きっぽい」の5大行動パターンから“見知らぬ隣人”の素顔に迫る。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
「死して屍拾う者なし!」の名ナレーションが今も印象に残る『大江戸捜査網』は、東京12チャンネル(現在のテレビ東京)で土曜夜に放送されていた時代劇。その名作ドラマがDVDコレクションとして、朝日新聞出版から発売された。1号のみ定価790円、2号以降は1740円。
第1〜2シリーズの主演は杉良太郎、第3シリーズの途中から里見浩太朗→松方弘樹へと、当時のスターが主人公の役を受け継いでいく。
隠密同心と呼ばれ、日常は町民の姿で暮らす江戸の秘密捜査員たちが、最後にはバッタバッタと敵を斬り倒す痛快時代劇。延べ15年にわたる長寿番組だったというから、ファンも多かったのだろう。DVDコレクションには、毎号4話を厳選して収録していくようだ。
ケーブルテレビなどではかつての時代劇を放送しているが、いま見ると当時より面白い。収録された4話もノンストップで観賞できること請け合いだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意