四国は、山の傾斜が急だ。金比羅さんの階段を登って、奥社へつづく土の道に入った。急に、人の気配がなくなった。辺りも暗くなり、人間が森の中で暮らしていた時代に戻った感じがする。
吉原君が、またハンカチでおでこの汗をふいた。
「雨月物語に、西行が崇徳院のお墓を訪れる話があるんだ。お墓は荒れ放題で、崇徳院が出てきて、ことわりを説く西行と、問答をするんだ」
吉原君は、さっきからいっしょうけんめいに、ここ讃岐国琴平町の歴史を説明してくれている。
ただ、吉原君の話も、午後の日ざしを浴びていた本宮の辺りまでは、まだよかった。
けど、日陰になっている奥の道に入ったら、歴史が好きな吉原君の話よりも、土手際で埋もれている板碑のほうが、土の感触といっしょに、体の中へ染み渡ってくる感じがする。
吉原君が、せきばらいをした。
「早瀬さん、もしかして、こういう話、興味ない」
そういうわけじゃない。吉原君の話を聞くのは、好きだよ。けど、今日は、生理が始まりそうで、集中できないだけ。
「ううん」
「そう」
吉原君は、私のことをとても大切にしてくれる。
高校が校舎の点検工事のために午後から休みになった今日も、「金比羅さんへ行こうよ」とデートに誘ってくれた。
こんな体調のときに金比羅さんの階段を登るのはきつかったけど、断ったら悪い気がして「うん」と答えた。異性とおつき合いをすることは、私も初めてだけど、吉原君も、まだなかったそうだ。
高校に入学して、一学期が終わり、教室でも、なんとなくグループができていた。
私は、部活動をやっていない静かな人たちの仲間に入っている。私のいるグループに、学校ではおとなしいけど、おしゃべりをしてみると、男の子の評判や、恋愛のうわさ話に詳しいお友だちがいた。
一学期の終わりころ、そのお友だちが、隣のクラスにいる吉原君を紹介してくれた。
(つづく/竹内みちまろ)