『微笑む人』(貫井徳郎/実業之日本社 1575円)
貫井徳郎は1993年に『慟哭』で作家デビューした。今やキャリアはベテランといえるし、人気の点でも安定している。確実に多くのファンがいる。もちろん、面白い小説を書くから読まれるのだ。2010年に『乱反射』で日本推理作家協会賞、『後悔と真実の色』で山本周五郎賞を受賞した。しかし年齢はまだ若く、40代半ばである。まさしく働き盛りの年代だ。8月に刊行された本書『微笑む人』は、この作家が今も相変わらずアグレッシブに成長し続けていることを証明した小説である。ベテランだがその立場に安住せず、二番煎じや焼き直しのような作品を書くことを絶対に避けているわけだ。
ストーリーの語り手〈私〉は小説家である。仁藤俊実という銀行員が犯した殺人事件に並々ならぬ興味を持つ。妻と娘を川で溺死させた彼はその動機を次のように語った。二人がいなくなれば部屋のスペースが空き、増え続ける本を置くことができるから、と。こんな馬鹿な動機があり得るのだろうか。〈私〉は小説ではなく初めてのノンフィクションを書くことにした。徹底的に仁藤について調べ、人物像に迫るのだ…。ところが取材を重ねていけばいくほど、仁藤の奇妙さ、捉えどころのなさが浮かび上がってくる。一体、こいつは何者なのか。結末は一種哲学的な感銘を与えてくれる。貫井徳郎は常に進化し続ける作家である。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『ブラック・ジャック大全集』(手塚治虫/復刊ドットコム・各3675円)
巨匠・手塚治虫の最高傑作『B・J』連載40周年を記念して出版されるB5判フルカラー究極仕様全15巻(毎月1巻ずつの刊行予定)。少年チャンピオン連載当時の“原寸大”という、かつてないハイクオリティーで楽しめる永久愛蔵版だ。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
ロッキング・オンから発売されている雑誌『Cut』(定価690円)は、米、英、日を中心に世界のセレブリティのインタビューで構成している。映画、音楽、ファッションなど最新カルチャー情報満載のエンターテインメント誌だ。もともと音楽批評では筋金入りの出版社だけに、辛口で的確な批判も随所に織り込まれている。硬派な香りが個性的だ。
10月号の特集は、『あの娘は誰?』。映画やドラマに登場し、ひときわ輝きを放った女優たちの姿がまぶしい。一瞬で観る者を虜にしてしまった女優たちを、国内外問わず、ベテランから新人まで、一気に見せて、読ませて、飽きさせない。
表紙は来年4月にスタートするNHK連続テレビ小説のヒロインに抜擢された能年玲奈(のうねん・れな)。幼少時代の写真をはじめとした生い立ちから現在の心境を綴ったインタビューまで取り上げ、これから気になる存在になること確実だ。
朝の楽しみが、また一つ増えるかもしれない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意