例えば、第29代大統領ウォレン・ハーディングについては、シアトルで心機能不全に倒れ、いったん回復したように見えたものの、サンフランシスコのパレス・ホテルでは肺炎を起こしてしまい、治療の甲斐なく「痙攣を発して」亡くなったこと。さらに、シアトルで倒れる少し前にカナダで「食中毒」を起こしていること、そして致命的な痙攣に見舞われる直前に夫人と会話していたことなどから、死に至る経過に不自然な点が多すぎるとして、今なお陰謀説がささやかれている。
さらに、ハーディングの死後には米海軍保有の油田を不当に安く民間へ貸し出した不正疑惑(ティーポット・ドーム事件)が発覚した他、愛人や隠し子の存在まで取り沙汰されるなど、不都合な大統領として「消される」理由がいくつもあったことから、陰謀論も説得力を増したのである。中でも決定的だったのは連邦調査局(後のFBI)のエージェントだったガストン・ミーンズが1930年に出版した「ハーディング大統領の奇妙な死」という暴露本である。
同書にはミーンズ自身がハーディングの愛人や隠し子を調査し、大統領夫人へ報告したこと、さらに夫人がハーディングの殺害を指示したことなどが、赤裸々に綴られていたのだ。
もちろん、事実であれば大変なスキャンダルであり、同書はベストセラーにもなって当時のアメリカ社会は大きな衝撃を受けた。ところが、ミーンズが過去に幾つものトラブルを抱えた詐欺師同然の人物であることが明らかになると騒動は急速に沈静化し、さらに彼のゴーストライターを務めた女性が「報酬の支払い」を求め提訴するに至って、夫人による暗殺説は完全なデマであることが確定したのである。
しかし、ミーンズの暴露本がまったくのデマとわかってもなお、大統領の死に不自然な点が多々あることは事実で、現在でもなおミーンズの本を真に受ける人は少なくない(本自体は現在でも売られている)。ただし、大統領の死に関する不自然な点は、ハーディングの主治医だったチャールズ・ソーヤーがホメオパシーの信奉者で、まともな診断、治療技術を有していなかったこと、そもそも食中毒という彼の診断が誤りで、また彼の存在が後の治療方針にも大きな影響を及ぼしたことによって説明可能とされている。
もし、これが事実であるならば、ハーディング大統領は彼自身が選んだニセ医者によって殺されたということになろう。
(了)