『ゴースト・ヒーロー』
S・J・ローザン/直良和美=訳 創元推理文庫 1200円(本体価格)
以前、このコーナーで紹介した〈リディア・チン&ビル・スミス〉シリーズの最新邦訳長篇である。本国アメリカでの原書刊行は2011年、この翻訳版は7月後半に出たばかりだ。
あらためてシリーズについて触れておこう。中国系アメリカ人女性リディア、アイルランド系アメリカ人男性ビル。二人はそれぞれ独立で自営している私立探偵だが、時折りコンビを組む。一人では手に余る依頼を解決したいとき、互いに協力を求めるわけである。そして本シリーズ最大の特徴は、作品ごとにリディアとビルが語り手を交替するところだ。前者が主役のときはチャーミングでユーモラスなシーンが増え、後者の場合はハードさ、寂しげな叙情味が際立つ。
本国で1994年以来11作の長篇が刊行され、今まで日本では10作が訳されてきた。そして、本書は11作目に当たるのだ。他に日本独自編集の短篇集『夜の試写会』『永久に刻まれて』が刊行されている。
さて、本書の語り手はリディアである。美術品に関わる仕事、という点では第1作目『チャイナタウン』と共通しているけれど、大きく違うのはコンビではなくトリオの活躍を描いているところだ。美術品専門の私立探偵、アメリカ生まれの中国人ジャック・リーが二人に協力するのだ。
リディアの依頼人は次のように言う。天安門事件の最中に死んだと思われていた中国人画家の新作が出てきたらしい、と。その真偽を確かめてほしい、という依頼だ。そこでビルからジャックを紹介してもらう。ところが調査を始めて間もなく、美術界の裏に隠れた陰謀に気づき…。リディアのチャーミングさが今までの10作よりも増しているのは、ジャックが知性派でユーモア・センスに長けた人物だからだろう。ハードさは薄いが、トリオの活躍をぜひ楽しんでいただきたい。
(中辻理夫/文芸評論家)
【昇天の1冊】
不定期刊行ながら一部の読者に支持されているのが『オトコノコ時代』(マイウェイ出版/3100円)という雑誌。何と“女装”がテーマなのだ。7月発売の最新刊で10号目。売れ行き不調のアダルト雑誌は3号も持たずに休刊という状況の中、健闘ぶりは目を見張るものがある。
表紙と巻頭グラビアを飾るメイド服のモデルは“有理ちゃん”という名らしいが、れっきとした男性。パンツの下にはイチモツを隠し持っている。他にも数多くの女装子や、漫画・小説・コラムが充実。付録DVDには、女装した“美男子”たちのあられもない姿が満載という倒錯ワールドだ。
とはいえ、カワイイ娘ばかり。さすがに雑誌に登場するだけあってレベルは高い。美人に“化ける”素質を持った男性に、プロのヘアメーク・アーティストが化粧を施したのだから当然なのだろうが、実はちまたにも極上の女装子が急増中というのだから驚く。
同誌の編集長がインタビューに答えた雑誌web版記事によると、化粧や写真の撮り方まで指南した書籍や、女装体験を楽しめるバーも出現。その結果、全国各地に大規模な女装イベントが企画され、かわいらしさのレベルが底上げされているのだとか…。
SNSの普及によるオフ会なども、こうしたブームに拍車を掛けているらしい。スクール水着、キャミソールにTバックと、さまざまな衣装を身にまとった女性顔負けの男子が登場する『オトコノコ時代』は、アングラ文化の最先端といえるのかもしれない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)