『その峰の彼方』(笹本稜平/文藝春秋 1995円)
ひと口に趣味と言ってもさまざまで、それは興味や得手不得手が人それぞれだから当然なのである。読書好き、本嫌い、ジョギング大好き、全くスポーツしない、といった具合に皆が違う。ただ、優れた小説は迫真の疑似体験を読者にさせてくれる、というのは紛れもない事実だ。本書はクライマーの世界を描いた山岳小説で、登山に人生を懸ける人の心情や人生哲学を濃密に文章化した傑作だ。登山に全く興味がない人も本作を読めば、なるほど山に登るという行為はこんな喜びや充実感を与えてくれるのだな、と納得するだろう。
北米のマッキンリーを登り切ろうと挑んだクライマー・津田が消息を絶ってしまう。大学時代の登山仲間で今は雪氷学の専門家になっている吉沢は急きょ日本から現地へ向かう。津田はツアー登山客を案内するガイドを仕事にしており、クライマー仲間も少なからずいた。吉沢は彼らと捜索隊を組み、津田の行方を必死の気持ちで追い始める。
笹本稜平は基本的にエンターテインメント小説の書き手で、警察小説で手腕を発揮すると同時に、山岳を舞台にした冒険小説も書いてきた。ただ本作はエンターテインメントとはいささか違うかもしれない。日本の登山界に生ぬるさを感じてアメリカに住み、孤独に登頂を目指す津田の生き様が胸を打つストーリーなのだ。山に登りたい。そう思った。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『彼らのルーツ』(大野美夏・藤坂ガルシア千鶴/実業之日本社・1575円)
南米サッカーの強国、ブラジルとアルゼンチン。そんな両国のスター選手たちがどのように育ってきたのか? 成功の秘密がどこにあるのか? メッシやネイマールら、本人、家族、指導者たちのコメントから、“彼らのルーツ”を紐解く。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
『月刊BOSS』(経営塾/800円)は、企業の戦略・戦術、組織変革、人材活用といった経営術を、実在するBOSS=経営者へのインタビューや人物像分析を通じて迫ろうとするビジネス誌だ。徹底的に「人」=経営者にフォーカスを当て、BOSSたちの成功も挫折も紹介しているせいか、読者も身近かつ等身大のルポとして読むことができる。
特集は「企業の終活入門」、つまり苦戦を強いられている業種・企業のワケアリ事情を解説する。日本の家電メーカーが凋落した理由、堀江貴文氏が率いていたライブドアの変遷、セゾングループと故・堤清二氏など、有名企業が時代に流される姿を詳細な記事にまとめていて興味深い。
また、最近大きな話題となった、サントリーによる『ジムビーム』買収劇の裏舞台もリポート。総額1兆6000億円という巨額買収の算段は? など、トレンド経済動向も見逃さずに取り上げている。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意