1989年9月30日、埼玉県のとある住宅の床下に男性の白骨死体が放置してあるのが発見された。死体の発見者はこの住宅の持ち主の実兄(55歳)で、2週間前から家主である妹が突然行方不明になり、「何か手がかりはないか」と家を訪れていたところ、押し入れの中から鼻をつく異臭がし、発生源である床下を開けてみた際、巨大なコンクリートの塊が出てきた。
「なんだこれは…?」
そして、兄が手に持っていたライトでコンクリートを照らしてみると、このコンクリート塊には人間の骨らしき白い物体が飛び出しており、悪臭はこのコンクリートから放たれていることがわかった。
「うわ!人間の死体だ!」
兄はすぐに警察を呼び、遺体を確認したところ、死体は10年前から行方不明になっていたM(行方不明当時34歳)とわかり、警察は家の持ち主で2週間前から同じく行方不明になっているO(44歳)を重要参考人として捜査することにした。
そして、遺体発見から5日後、重要参考人で家主であるOが捕まり、取り調べが始まった。Oは最初、容疑を否認していたが、近所住民の取り調べにより、Oが10年前から玄関前にゴミを溜めていたこと、Oの自宅からセメントの付いたスコップなどが発見され、Mを殺害したのはOと判明した。
Oは10年前の1979年、最初の夫と離婚し、酒場で知り合った男性・Mと数年に渡り、同棲生活を送っていた。当初OはMと結婚を視野に交際していたが、別れた夫から「再婚しよう」とOに復縁の話があり、同棲相手のMが邪魔になったため、M殺しを決意。Oは鈍器でMの頭を殴って殺した後、床下に死体を隠し、買ってきたセメントを流し込んだ。
一見、死体の隠ぺいに成功したと思われたが、所詮は素人の突貫工事。死体を隠しきれず、次第に悪臭が部屋に立ち込めるようになってしまった。
「このままではバレる!」
焦ったOは、悪臭をごまかすため、生ゴミを入れた袋を玄関前に置くことで臭いを隠すことにしたのだ。
そして9年余りの間、死体を隠すことに成功したものの、近所の住民から「いい加減ゴミをなんとかしてほしい」と生ゴミに対するクレームが相次ぎ、近く業者がゴミ処理をする予定が立てられ、死体の発見を怖がったOはその日の晩に荷物をまとめ、行方をくらましたのである。
なお、当時の新聞によると、Oは逮捕された時、比較的穏やかな表情をしており、浦和地検に身柄を送られた際は「前の夜まではよく眠れなかったが、今はスッキリしている」と語っていたという。
10年間に渡り、死体を隠し続けたO。その正体は残虐非道な殺人鬼ではなく、愛に不器用すぎた、どこにでもいる善良な中年女性だったのかもしれない。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)