ドラマの前半は茶々(宮沢りえ)の出産を軸に進む。これまで豊臣秀吉(岸谷五朗)と茶々のラブストーリーを丁寧に描いてきたが、鶴松の誕生を契機として北条攻めなど歴史ドラマが一気に動き始める。茶々の子が秀吉の子ではないと詠む落首に激怒した秀吉は、門番を皆殺しにし、罪人を匿ったと決めつけて町を焼き払う。秀吉の狂気を実子への偏愛に結び付けている。千利休(石坂浩二)や豊臣秀次(北村有起哉)は鶴松を溺愛する秀吉に距離を感じる。これは後年の悲劇の伏線になる。
秀吉の残忍な所業に対して江は「産まれてくる子に災いが降りかかる」と警告する。史実では鶴松は僅か3歳で夭折するため、江は未来を予言していることになる。鶴松誕生は秀吉と茶々の物語であって、江は脇役である。江の登場シーンや台詞は多いものの、ストーリー的には脇役としての関わり方に過ぎない。その意味で予言者としての関わらせ方は、歴史の動きに関与していない江を主人公として動かす一つの手法である。
過去にも、江が伯父である織田信長(豊川悦司)に築山殿事件、明智光秀(市村正親)に本能寺の変を質問するなど、現場に存在しない江を歴史的事件に絡ませたことがあった。これは主人公の出しゃばりであるが、江が信長や光秀という人間を理解するためのものであった。その意味で主人公の物語になっている。
今回も主人公の物語として構成するならば、茶々には秀吉、初(水川あさみ)には京極高次(斎藤工)というという大切な人がいるが、自分には存在しないという寂しさの自覚になる。江が寂しさを感じたところで、舞台は駿府城に移動し、江の運命の人である竹千代が登場する。
これまでの時代劇で描かれた秀忠のイメージは家康に頭の上がらない律義者であった。2000年放送の大河ドラマ『葵 徳川三代』で西田敏行演じる秀忠が典型である。これに対して、『江』の秀忠(竹千代)は息子・秀康を秀吉の人質に出し、娘婿の北条氏を攻める家康に反抗的である。『ゲゲゲの女房』でマイペースな村井茂(水木しげる)を好演した向井らしく意思の強い竹千代になった。
『江』の家康はベテラン俳優の北大路欣也である。三河の一大名であった頃から貫禄があり、家康の登場シーンだけが「大河ドラマになっている」と評されたほどであった。その家康も反抗的な竹千代には何も言えない。鶴松の出産時には関白・太政大臣の秀吉も「今は子の誕生を待つ一人の父」と述べていた。既に天下人としての風格のある家康も子どもの前では一人の父である。女性中心の時代劇であるが、父親と息子のドラマも『江』の見どころである。(林田力)