一晩中、風が吹いた。風は小砂混じりの灰を顔に吹き付けた。時々、どこか遠くのほうでドーンという爆発音がした。
次第に明るくなり、徳次は改めて橋の上に這い上がった。立ち上がって辺りを見回す。生きているのは自分一人のようだった。橋の上はまだ熱かったが、中ほどまで歩いて行った。あれほどたくさんあって道を塞(ふさ)いでいた荷物は、全て焼け失せていた。乾いた熱砂が吹き付ける。目が痛んで開けていられず、息が止まりそうになった。
徳次は再度身を伏せて、そばの死体に顔を押しつけるようにして熱砂を避けた。そうしてしばらくじっとしている間に、どの死体も下を向いていることに気が付いた。
誰かに「水はいらないか」と言われた。顔を上げることができず、手だけを声のほうに伸ばすと、ヤカンのようなものを握らせてくれた。それを、ひと息に口の中に空けた。これが蘇生の水となって徳次はまさに、生き返った。
生きた人間が見当たらなかった橋の上で、誰が水を恵んでくれたか、両目をやられて視力が鈍っていたため、ついにわかることはなかった。
徳次は再び橋の上に立ちあがった。ワイシャツとパンツしか身に付けていなかった。顔と手足は火傷がひどく、他にも傷を負っていた。
目は痛みでろくに開けることができない。しかし、わずかに岩崎別邸の黒い森の影が見えた。徳次はいきなり走り出した。
150メートルほどの距離だった。途中は灰と燃え残りが山になっており、路面に市電の車両が3つ、4つ、鉄骨だけになってひしゃげていた。